第131話出口がある保証はない。それでも――

 僕は記憶を失った。


 失ったといっても全部を忘れているわけではなく、常識とか知識は頭に残っている。


 だからここが学校の教室だということもわかる。


 だけど僕はどこの誰なの?


 それを知るために手掛かりを探そう。


 きっとこの学校のどこかにあるはずだ。

 

 教室を出てすぐにピンときた妙な違和感。


 この広い敷地内に人の気配がまったくないのだ。


 今日が休日という線も考えたが、しかしグラウンドや体育館に運動部がいないのには首を傾げる。


 この時間はいつも練習してるはずだから。


 僕はその光景を知っている。


 過去に見ているはずなんだ。


 でも思い出せない。


 置き去りにされたように転がったバスケットボールを拾い上げ、僕はコートの上で沈黙する。


「お目覚めだね」


 ――突如入り口から聞こえた声に振り返ると、ご機嫌に手を振る君の姿があった。


 そういえば僕は君のことを知っている。


 確か同じクラスの女の子だ。


 屋上から飛び降りようとしたところを僕が追いかけて……そうだ、助けようとして僕たちは転落した。


 でもなぜ?


 どうしてぼくたちは生きている?


「ここは煉獄よ。天国でも地獄でもない。わたしたち二人だけの世界」


 君はそんなことを言ったが、僕にはさっぱり理解できなかった。


 一つ確かなことは、君は僕をこの世界に引き止めようとしているということ。


 ここにいれば一生楽しい人生が送れるという。


 辛いことも悲しいこともない楽園。


 しかし、僕はもとの世界に帰りたいと思った。


 君の身になにがあったかわからないけど、僕は現実の日常へ帰りたい。


 君は現実の世界を否定し続けてきた。


 禍々しく変異した君の手を振りほどき、僕はこの世界で出口を探す。

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