第130話梅雨時の亡霊と、雲間に消えた想い出

 わたしは梅雨時の亡霊に取り憑かれている。


 この亡霊の正体は元カレのあなただ。


 六月の雨の日、デートの際中にスリップした車に撥ねられてあなたは死んでしまった。


 以来、雨の日に傘を差すと、この世に姿を現すようになる。


 だから梅雨の時期はわたしにとって特別だった。


「じゃあいこっか」


 独り言のように呟いて灰色の空へ傘を差す。


 するとわたしのとなりにあなたが現れるのだ。


 言葉は喋れないけど、にっこり微笑んだり考え込んだりする表情からなんとなく意思の疎通ができる。


 そんなあなたに、わたしは日常の出来事をたくさん話した。


 雨のデートはどこへ行くでもなく、ただ途方に歩くだけの味気ないものだ。


 だけどそのなんでもない時間がなによりも愛おしい。


 人気のない通りは水が跳ねる音で満たされる。


 静かな二人だけの時間。


 雨粒の一つ一つが宝石に見えるほど、わたしにとってこのひとときは輝いていた。


 そして毎回決まって太陽が出ると終わりの合図。


 そっと傘を畳むとあなたは微笑んで日射しに溶けていった。


 そんなある日のデート。


 太陽が覗いたのでわたしが傘を畳もうとしたら、あなたは真剣な表情でわたしの手を握った。


 言葉は交わさずとも気持ちは伝わる。


 あなたは想い出からわたしを解放しようとしていた。


 そうしないとわたしが幸せになれないと思ったから。


 揺れる瞳で頷いて、あなたはまた微笑んだ。


 わたしは傘を差す。


 太陽が雲間から覗いても、畳もうとはしなかった。

 

 そしてあなたは消えた。


 光の中に溶けるように。


 最期はやっぱり笑っていた。


 そこで初めて傘を畳む。


 空にはとてもきれいな虹が架かっていた。


 ――涙が流れる。


 なのにわたしは微笑んでいた。

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