第107話ハサミを振り回している人がクーラーが効きすぎた教室で。

 突然クーラーの効いた教室で、君がハサミを振り回し始めた。


 生徒の悲鳴が飛び交う中、逃げ遅れた僕は人質になる。


 ちなみに逃げ遅れたのは僕だけだ。


 なんでこんなことに……。


 みんないなくなって静かになった教室で君と二人。


 何が目的でハサミを振り回したのか気になって尋ねようと試みる。


 しかし、背中に当たるクーラーの風が気になって、僕はリモコンで電源を切ろうとした。


 しかし君はハサミを突き出してリモコンを触らせようとしない。


 御簾のように垂れ下がった前髪の隙間から、ギョロリと開いた目で僕の方を無言で睨んでいる。


 その殺気立った視線に思わず腰を抜かした。


 教室は鍵が閉められて、冷気の逃げ場はない。


 密室の中で温度はどんどん下がっていく。


 すると君は、誰もいない場所で再びハサミを振り回し始めた。


 何をやっているのかわからない。


 凍えるような寒さも相俟って、だんだん恐怖が膨らんでいった。


 するといきなり


「百万粒の冷気の結晶が断裂しました。これより契りを交わします」


 と言って、君は自分の髪をバッサリ切り落とした。


 ひゃくまんの冷気が……なんだって??


「氷の巫女が降り立ちます。さぁ、契りを――」


 さらに続けて君は、僕の唇を強引に奪う。


 ハサミの先端をちらつかせながら、僕を弄ぶ。


「書く書く書く書く――」


 と意味不明な言葉をしばらく呟いたのち、カッと目を見開いて君は自分の心臓にハサミを突き立てた。


 そのショッキングな光景を目の当たりにして、僕は気絶した――。


 のちにわかったことだが、君という人物は始めからいなかったらしい。


 いないというのは、「この世には存在しない」という意味だ。


 警察が駆けつけたときには、ハサミを持った僕が暴れていたという。


 つまり、君は僕が作り出した空想の人物。


 ――なんだそういうことか。


 でも、わかったところでどうでもいい。


 今僕は、心臓にハサミを突き立てた自分の姿を俯瞰している。


 なんだか身体がフワフワ浮いて。


 これからどこへ行くんだろう?


 やがて視界が真っ暗になって。


 しばらくすると意識がなくなった――。

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