第93話100万回目の嘘

 100万回の嘘をつくと、直前まで一緒だった人の記憶が消えるらしい。

 

 そんな都市伝説がクラスで話題になっていた。


 どうせまたくだらない噂話だろうと僕は思っていた。


 そんなことより今は気になることがある。


 以前より気になっていた君に告白するべきか迷っていたのだ。


 でも、事はそう簡単に運びそうにない。


 それには理由があった。


 君は将来、音楽の道で食べていきたいと目標を掲げていた。


 昔から頑張り屋で、自分に妥協しない性格の君は休み時間でも何かしら音楽に関わることをしている。


 窓の外を眺めながらメロディーを口ずさんだり、鞄から楽譜を出してペンを走らせたりしていた。


 そんな君に恋愛の話題など邪魔でしかない――だから告白なんて迷惑だと考えていた。


 そんな君は、たまに自作の音楽を聴かせてくれる。


 今日も帰り道で声をかけられ、新作の曲を口ずさんでくれた。


 桜の舞う川沿いを歩きながら、君の声は澄んだ空のように響き渡る。


 その歌声を聴いていると揺れていた心から迷いが消えた。


 今、言わないと後悔するような、そんな気がしたからだ。


 僕は意を固めて


「好きです」


 と伝える。

 

 桜を攫う風が吹き抜けた。


 君は少しだけ目を伏せて、そして何かを振り払うように笑うと、


「わたし、他に好きな人がいるの」


 とだけ言った。


 その瞬間。


 僕は記憶が消えてしまい、それ以降のことを覚えていない。


 目の前の女の子は……誰だっけ?


 ――それから数日後。

 

 桜の舞う川沿いを歩きながら僕は景色を眺める。

 

 何かを忘れてきたような気持ちは消えないまま、でも聴いたこともないメロディーが次から次へと口から溢れ出る。


 その度に少し心が温かくなるような気がして、僕は懐かしい気持ちで空を見上げる。

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