第89話思い出のにおい

 君はセロテープの匂いを嗅ぐのが好きみたい。


 教室にある輪っかのセロテープを鼻に近づけて、よくスンスンと匂いを嗅いでいる。


 そんなにいい匂いがするとも思えないが……。


 こっちに向かって「嗅ぐ?」とジャスチャーしてくるけど、黙ったまま僕は首を横に振った。


 聞くところによると小さい頃の出来事が影響しているらしい。


 君のおばあちゃんはなんでもテープを貼って直す癖があったそうで、実際、窓ガラスや花瓶など、割れたものにテープを貼っていたそうだ。


「これで大丈夫」というのが口癖だったらしく、そうやってなんでも直すおばあちゃんは、魔法使いのように見えたのだとか。


 継ぎ接ぎだらけの花瓶に鼻を当てているうちに、いつの間にかテープの匂いがクセになったのだという。


 なるほどそういうことか。


 それでこの割れた花瓶をテープで直そうとしていたのか。


 床に落ちた破片を拾い、君は手頃な長さにセロテープを切る。


 しかし、割れた花瓶を修復しようとしたところ、誤って指を切ってしまった。


 思わず指を口に咥えるが、先端から小さな血豆が膨らんでいる。


 それを見た僕は、ポケットに手を入れて絆創膏を取り出した。


 そして丁寧に君の指に巻く。


 君は口を開けたまま指の先端を見つめていた。


「これで大丈夫」――僕が言うと、君はスンスンと指に鼻を近づけて笑顔になった。


「なんか優しい匂いがするね」そんなことを言ってくる。


 ……ちょっと照れくさいな。


 誤魔化すためにセロテープを嗅いでみる。


 う~ん……なんとも言えない匂いがした。

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