第83話アリと君と僕と

 学校の帰り道、道端でしゃがみ込む君の姿を見かけた。


 僕はてっきり体調が悪いのかと思った。


 声を掛けてみるが反応がない。


 覗き込むと、君は蟻の行列をじーっと凝視して黙り込んでいた。


 そこには虫の死骸を運ぶたくさんの蟻たちの姿。


 無数の黒い点を見つめたままで、君はゆっくりと口を開いた。


「わたし思うの。この死骸も、アリさんたちも、けっきょくは土になっちゃうのかな?」


 え、なにを急に……と思いながら二度見する。


 哲学的な物言いだ。


 よく話を聞いてみると、最近イヤなことがあったらしい。


 あまりにも理不尽で、すべてをブッ飛ばしてやろうかと思ったほどだとか。


 表情こそ穏やかだが、その内から込み上げる苛立ちは察することができる。


 君は我慢するといつも優しい顔をするからだ。


「みんな土になるんだったら、もう、どうなってもいいんじゃないか――って思ってさ」


 やり場のない気持ちが、その言葉を出させたんだろうと思った。


「世知辛いね」なんて寂しく笑いながら、君はスカートを払い、立ち上がる。


 気の利いた言葉もかけれない僕を見て、「ねぇ、大人になったらもっとしんどいかな?」なんて言う。


 蟻の行列に視線を落とす君を見て、僕はしばらく口籠った。


 昔の思い出が頭をよぎる。


 小学生のころ公園で蟻の行列を二人で観察した。


 飴を運ぶ姿に「アリさんは強いね!」なんてはしゃいだりした。


 そんな思い出に浸っていると、君はへへっと笑いながら歩いていく。


 胸の辺りを締め付けるようだった。


 将来、僕たちはあの日のように笑えるだろうか?

 

 強さのカタチを考えた瞬間だった。

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