第82話潮風の吹く町で

 夏休みが終わっても、まだ西から吹く潮風には夏の匂いが残っている。


 未だにセミはうるさいし、けれど町中にはどこかひっそりとした静けさが充満していた。


「いよいよ明日だな」


 ――あなたは大きな入道雲を見つめながら、独り言のように言う。


 わたしはその後ろで「そうだね」と呟いた。


 空っぽになった二階の部屋には、窓から吹き込む潮風が流れ込む。


 明日は旅立ちの日だ。


 あなたが転校する日。


 どこか遠くの街に行ってしまう、そんなお別れの日。


 諸々の事柄を済ませて、あとは当日を待つばかりとなっていた。


 わたしはあなたの部屋で最後の日を過ごす。


 特にやることはなかったけれど、二人して昔の思い出話などを語った。


 あなたとは、幼稚園から同じクラスで、高校まで一緒だった。


 家が近いから登下校はよく一緒に歩いた。


 夏になると林の抜け道から海へ連れていってくれたこともあった。


 きらきら光る水平線を眺めながら、自分の夢を大いに語ってくれたのを覚えてる。


 それに対し、「がんばってね」と小さなエールを送ったこともあったっけ。


 サイダーを飲みながらはにかんでいたあなたが、明日その夢を叶えるために遠くに行ってしまう。


 わたしはそれを止めることができない。


 入道雲を見つめるあなたの瞳は、あの日見た水平線のように輝いて。

 

 その景色の中にわたしがいないことが少し切ない。


 でも、それでいい。


 荒波がきても嵐がきても、きっとあなたは大丈夫だから。

 

 その輝きは灯台のように、ブレない航路の導になる。

 

 わたしもその灯を見守っているから。

 

 この町で。

 

 ずっと。


 ――――


 帆にいっぱい風を受けて、船は出航する。

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