第77話思い出の味

 僕は風邪を引いてしまった。


 今日は学校を休んで一日中家で寝ている。


 身体がだるいし食欲もない。


 起き上がるのも億劫なので、ベッドの中から虚ろな目つきで天井を眺めていた。


「あ、寝てる。元気?」


 そんなとき部屋のドアが開いて、君が入ってきた。


 どうやらお見舞いに来たらしい。


 というか「元気?」って病人に言うセリフかよ……。


 関節が痛くてツッコむ気にもなれない僕は、寝返りを打って軽く受け流した。


「ほら、食べなよ。栄養つけなきゃ」


 すると君は弁当箱を開けて、中から卵焼きを取り出した。


 だけど今は胃が受け付けないので、手振りで遠慮しておいた。


 君はため息をついて、卵焼きを一つ頬張る。


 そして退屈そうにしながら、絨毯の上でマンガを読み始めた。


 まるで自分の家みたいな態度……。


 でも、そんな光景を見ていると昔を思い出す。


 君はよく遊びに来て、そこでマンガを読んでいたっけ。


 家が近所だからお互い気兼ねない付き合いだったし、卵焼きの入った弁当をよく食べていた。


 高校生になった今でもそれは変わらない。


 あのときの味はそのままだろうか?


 …………


 僕は身体を起こして卵焼きを一ついただく。


 ……うん、おいしい。


 けれど今の胃には重いな。


 僕はお腹を摩りながら、ベッドに横になる。


 すると君が顔を覗かせてこう言った。


「それ、わたしの手作りなんだよ」って。


 僕は寝返りを打って返答を濁す。


 あとから気付いたけど、このとき自分の顔がほころんでいたようだ。


 あー……早く健康になりたい。


 そしたらこの味、あと百回くらい食べたいかも。

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