第76話忘れたり、覚えてたり

 3月15日。

 

 わたしは通学路を歩きながら、モヤモヤと思考を巡らせていた。


 学校につくと、あなたが「よっ!」と軽く挨拶をしてくる。


 そこでハッとした。


 まだホワイトデーのお返しを貰っていなかった!


「どしたの?」


 何事もなかったように、あなたは声をかけてくる。

 

 これは先月チョコをあげたことを忘れてる顔だ……。


 少しムッとした。


 見返りを求めてるわけじゃないけど、このモヤモヤした気持ちはなんだろう?


 それからあなたは何もなかったように雑談を始める。


 なんだろう、ちょっとずつ腹が立ってくる……。

 

 むむむ……今日はもう口きかない!


 こうして険悪なムードが漂う。


 ただ、あなたはどうしてこんな雰囲気になったのか全然気付いていないようだ。


 けっきょく放課後になるまでこの空気は続く。


 そしてようやくあなたは口を開いた。


 わたしが「3月14日……」と言うと、たあなたは不思議な顔をして「え? それなら昨日……」と返答する。


 鞄の中を見てほしいと言うので手を入れてみると、中から映画のチケットが出てきた。


 なんだこれ……?


 どうやらわたしが観たいと言ったらしく、一緒に行く約束をしたという。


 ……そういえば。


 ……そんなこと言った気がする。


 ド忘れしてたのはわたしのほうだった。


 ごめん……。


 気まずい空気の中、あなたはいつもと変わらない様子で口を開いた。


「んじゃ、来週迎えにいくから!」


 ――――


 そして当日。


 映画は観たけど、正直、内容は忘れてしまった。


 だけど、隣であなたが寝息を立てていたことは、この先ずっと忘れない気がする。

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