第75話めくるページの速さ

 僕は本を読むのが遅くて、一冊あたりに何時間も時間をかける。


 週刊マンガ雑誌だって、読み終えるのは次の週になってからだ。


 だけど本を読むのは好きだから、今日も放課後に図書室にやってきた。


 昨日読みかけていた本を探すため、棚の前にやってくる。


 しかしそこにあるはずの本がない。


 誰かが先に持っていったみたいだ。


「ひょっとして探してるのってコレ?」


 同じクラスの君が、覗くように本をかざした。


 びっくりした、いつの間に隣にいたんだろ。


 君が「読みたい?」と言うので、呼吸を整えながら小さく頷きを返した。


 すると君は「一緒に読もう」と言い、僕を窓際の席に誘う。


 なんか気まずいな……。


 こうして肩を寄せ合うようにして一冊の本を二人で読む時間が過ぎた。


 予想通りだけど、僕は読むのが遅すぎてなかなかページをめくれない。


 それだけじゃない。


 触れている肩や、さらりと流れる君の髪に目がいってしまう。


 ページをめくるだけでいい香りがするし、瞬きするまつ毛の先端にまで意識を持っていかれる。


 もう読書どころじゃないかも。


「ゆっくりでいいよ」


 君は活字に目を這わせたまま、そう呟いた。


 少し申し訳ない気持ちになりながらも、長い時間をかけて僕はページをめくる。


 そして時間が経ち――。


 斜陽が君の横顔を照らした。


「そろそろ時間かな……」


 今日はもう遅いので、明日また続きを見ようと君は立ち上がる。


 次の日も同じように本を読み、あっという間に一カ月が過ぎた――。


 そのころになると、僕は少しだけ読む速度が上がった。


 だけど放課後は、わざとゆっくりページをめくることにしている。


 そんな時間が長く続いてほしい。


 ――なんて思ったりして。

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