第72話春色

 春休みになったけど、何をしていいのかわからずにぼーっと過ごしている。


 わたしは部屋の真ん中で大の字になって天上を見つめていた。


 傍らには描きかけのスケッチブックが放り出されている。


 美術部のコンクールに出展する案を練っていたけれど、結局なにも思いつかない。


 無気力だ……。


 春の陽気も相俟って瞼が重くなる。


 そこへ玄関のチャイムが鳴って目が覚めた。


 重たい足を引き摺るように自室から出て、わたしは玄関のドアを開ける。


 そこに立っていたのは同じクラスのあなただった。


 わたしの顔を見るなり、「よっ、花見いこうぜ」と軽く誘ってくる。


 外に出る気分でもなかったけど、やることもないし……とりあえずなんとなく生返事して、わたしは花見に行くことにした。


 だけど少し違和感を覚える。


 あなたは桜の咲く公園に行かず、明らかに違う道を進んだ。


「そっちで合ってるの?」と聞くと、「こっちで合ってる」と返される。


 訝しく思いながらあとをついていくと、辿り着いたのはのどかな平地。


 その一帯を見て、わたしはハッと息を呑んだ。


 菜の花畑。


 輝くような黄色の花が、視界の先まで絨毯のように広がっていた。


 温かい風が花びらをさらい、真っ青な空に吸い込まれていく。


「発想なんて自由だろ」


 あなたは遠くを見つめながら、そんなことを呟いた。


 桜ではないけど、確かにこれもお花見だ。


 桜も菜の花もタンポポも、みんな同じ花。


 一つの概念に縛られる必要は、どこにもない。


 わたしは目一杯息を吸い込んで、


「そっか……」


 そっと目を閉じてみる。


 放り出したスケッチブックが、瞼の裏でよみがえる。


 真っ白な心のキャンバスは、鮮やかな春色へと染まっていった――。

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