第62話2月29日

 今日は2月29日だ。


 28日じゃない。


 …………。


 そう言うとあなたは訝しい顔つきで、わたしを見下ろした。


 シャープなメガネをクイッと上げて、組んだ腕の上で指先が不機嫌にリズムを刻んでいる。


 部室の椅子にかしこまったわたしは、冷や汗を流しながら下を向いていた。

 

 理由は明白。

 

 文芸部に提出する小説がまだできていないからだ。

 

 締め切りは月末、つまり昨日までだ。

 

 部長であるあなたは、すごく怒っているだろう。


「なにが29日だって?」


 わたしがついた強引なウソに、あなたは凄んだ視線を向けてくる。


 そうだよね……29日ってなんだよってかんじだよね……。


「か、隠しルート! 隠しルートで29日になるの!」


 でも、わたしはさらに言い訳を重ねる。


 自分で言っておいてなんだけど、隠しルートってなんだよ……。


 咄嗟に出た稚拙な言い訳に、もはやあなたは憐憫の眼差しを向けてきた。


 ああ、恥ずかしッ!


 ど、どうしよう、もう逃げ切るにはムリがある。


 追い詰められたわたしは、チラリと部室のロッカーを見た。


 実は小説ができていないわけではない。


 完成はしているが、人に見せれないのだ。

 

 なぜならストーリーがやばいから。


 文芸部の部長と女子部員が、密室の部室でみだらなコトを楽しむっていう内容なんだけど、それって誰がモデルかバレバレだし……。


 うわー! ぜったい見せれない!


「――わかったよ」


 そこであなたは、静かにため息をついた。


 そして、


「ハァ、今回は見逃す。そのかわり――」


 あなたはなぜかわたしの原稿を鞄から取り出した。


 しまった……!


 どうやら合鍵を使って、あらかじめロッカーから取り出していたらしい。


 そしてなぜか、部室の鍵をカチャリと閉める。


「隠しルート、試してみるか?」


 原稿を机に置いて、あなたはそんなことを耳元で囁いた。

 

 わたしは「あわあわ」と口元をわななかせながら、おもいっきり動揺する。


 こんなベタな展開だけど、それでもあなたに対する好奇心が勝ろうとしているわたしは、ちょっと都合がいいのかな――?

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