第58話片付ける

 わたしは片付ける。

 

 部屋に散らばった洋服やアクセサリ。

 

 これらを一つずつ片付ける。

 

 大小様々な箱に詰めて、わたしは片付ける。


 まずはこの白いワンピース。

 

 両手で広げて鼻を近づけると海の匂いがした。

 

 防虫剤を入れていたんだけど、なぜだろう……やっぱり海の匂いがした。

 

 ワンピースに染み込んだ想い出が海の記憶を呼び覚ましているのかもしれない。


 キラキラした海面とさざ波の彼方。

 

 カモメがすーっと入道雲を横切って、気持ちよさそうに飛んでいる。


 わたしは片付ける。

 

 ふと持ち上げたビーチサンダル。

 

 小さな砂が付いている。

 

 いつか歩いた砂浜の記憶がよみがえり、目を瞑ったら足下に小さな赤いカニがいた。


 空には輝く太陽、あのころが懐かしい。


 わたしは片付ける。

 

 白いリボンのついた麦わら帽子。

 

 そういえばあの日は風が強かった。

 

 飛ばされないように必死で頭を押さえたのを覚えてる。

 

 結局、帽子は飛んでいったけれど。

 

 わたしは片付ける。

 

 最後に残ったペンダント。

 

 あなたがくれたプレゼントだ。

 

 箱に詰めようとして手が止まる。

 

 風に飛ばされた帽子を取って来たあなたは、さりげなくこのペンダントをくれたっけ。


 波の音でプロポーズが台無しになって二人で笑ったのを覚えてる。


 わたしは片付ける。

 

 ペンダントもあの日の想い出も全部箱に詰め込んで、この間まで賑やかだった部屋は静かになった。


 アパートを去る間際、気のせいか波の音を聴いた気がする。

 

 外はいい天気。焼けるような太陽と入道雲。


 わたしは片付けた。

 

 風は涼しい。

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