第33話消しゴムで消えてしまったもの

 教室で消しゴムを落としてしまった。


 コロコロと転がって机の下で止まる。


 少し椅子を引いて拾おうとしたところ、君が「はい」と言って手渡してくれた。


「ありがとう」と受け取って、僕は再び机に向き直る。


 が、この時僕は違和感に気付くことができなかった。


 持っていた消しゴムを仕舞おうとした時だ。


 手から消しゴムが離れないことに気付く。


 手のひらを逆さにしても、何度振ってみても落ちる気配はない。

 

 まるで接着剤で貼り付けたようだ。

 

 まさかさっき君が拾ってくれた時に、なにかくっつけた?


「それ、タダじゃ取れないよ」


 僕の疑惑を読み取るかのように、後ろの席から耳打ちするような囁きが聴こえる。


 声の主は君。


 この口振りからすると、やはり君が消しゴムに何か仕込んだのは間違いないだろう。


 しかし接着剤は塗っていないらしい。


 塗ったのはちょっとした呪いだそうだ。


「ねぇ、この間の返事考えてくれた?」


 ――その言葉に心臓が跳ねる。


 先日、僕は君に告白された。


 けれど他に好きな人がいるから、断った。


 なのに君はその言葉を受け入れてくれない。


 そのことを理解してもらうために、僕はもう一度同じ言葉を伝える。


「そうなんだ……」


 するとつまらない様子で、君は小さく嘆息した。


「脅かして悪かったね」と言うと、僕の手についた消しゴムにそっと触れる。


 するとあれだけ離れなかった消しゴムが、あっさりと剥がれた。

 

 そしてその消しゴムを手に取り、いきなり僕の額に当てたままゴシゴシと擦りつける。


 びっくりしてのけぞった僕は、額を振り払った瞬間に消しゴムをはじいてしまった。


 床に転がる消しゴムを拾おうとしたとき、側にいた女の子が「はい」と言って消しゴムを拾ってくれる。


「ありがとう」と言って受け取ったはいいが、なぜかこの子の名前が思い出せない。


 女の子は薄笑いを浮かべたまま席に戻ったが、その表情を思い出すたび、僕は呪いにかけられたような違和感を覚える。

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