第29話すれ違う喪失

 君は僕のことだけを忘れる記憶喪失になってしまった。


 だから学校で挨拶をしても、首を傾げてぎこちない笑顔を向けてくる。


 ああ、なんかショックだ……。


 それでも僕は声をかけ続けた。


 何回も同じことをやっていたら、いつか記憶が戻るかもしれない。


 休み時間や学校の帰り道。


 休みの日。


 偶然会った時など。


 いろんな場所でなるべく声をかけるようにした。


 やがてこの行いは変化をもたらす。


 君のことを付け回すストーカーがいると、学校中で噂になっていたのだ。


 誰だそんな怪しいことするヤツ……って、それ僕のことじゃないか!


 あまりにも頑張りすぎた行いは、裏目に出てしまった。


 それからというもの、君は僕を避けるようになり、ついには近寄っただけで暗い顔をするようになる。


 そこで僕は諦めがついた。


 もう関わりを持つのはよそう。


 今はただ、「君と付き合っていた頃の思い出」が懐かしい。


 そんなある日、君が見知らぬ男に手首を掴まれている場面に遭遇した。


 ストーカーは僕のことではなく、本物が存在していたのだ。


 僕はなりふり構わず男に突進し、その結果、撃退する。


 少し頭を打ってしまったけれど、問題ない。


 警察が対応してくれている中、被害に遭った女の子は涙を流しながらお礼を言った。


 僕の名前を何度も呼んでいたが、その顔に覚えはない。


 知り合いだったかな……?


 その女の子のことを思い出そうとすると、なんだか頭が痛くなった。


 結局思い出すことができず、引き止めようとする女の子に別れを告げて、僕はその場を去った。


 ――その後。


 女の子は僕と同じクラスの生徒だということがわかる。


 それからもよく話し掛けてくれるけれど、やっぱりその顔を思い出すことができない。


 女の子は会話の途中、時折涙を流すのだが、その表情を見るたび、なぜか僕の頬にも涙が伝っていた。

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