第19話翼が生える水

「この水を飲んだら翼が生えるよ」


 君はそう言ってコップに水を入れてきた。

 

 すごく真面目な顔だったから、断ることもできず「お、おう……」と渡された水を全部飲んだ。


「どう? 生えてきた?」


 君が顔を覗き込んでくるけど、ぜんぜん生える気配はない。


 味も普通だったし、やっぱり単なる水だと思う。


 けれど期待を込めた瞳が僕に迫る。


 ここで生えないと言えば、君は泣きそうだ。


「う、うん。なんか肩甲骨のあたりがムズムズしてきた……」


 適当に肩を回しながら答えると、君は嬉しそうに「でしょ!」と跳ねた。


 まるで何かの実験に成功したかのようなテンション。


 そしてそのまま走って教室を飛び出して行く。


 なんだったんだ?


 その数日後、屋上に呼び出された僕は言葉を失う。


 両腕を広げて君がフェンスの向こう側に立っていたからだ。


「わたしもあの水飲んだの。だからぜんぜん平気」


 空っぽの空みたいな笑顔で、君は背中から倒れる。


 平気なワケないだろ。


 この高さから落ちたら助からない。

 

 小さな背中は虚空に吸い込まれていった――。


 しかし落ちるよりも早く、僕はフェンスの向こう側に飛び出していた。


 まるでドラマのワンシーンのように、君の身体を抱えたまま段差になった空間に転がり込む。


 ……間一髪で助かった。


 空を仰ぎながら「ね? 飛べたでしょ?」なんて君は言うが冗談じゃない。


 喉はカラカラで全身の血管が熱い。


 もうこんな事はやめろと諭して、僕はその場に倒れ込む。


 そして一つ頼み事をした。


「……水を一杯ちょうだい」

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