第2話釣りエサのドーナツと、少女

 とある開けた山の中。


 誰もいない湖畔で一人。


 僕は釣り糸を垂らして、水面を眺める。


 青い空が広がる誰も知らない秘密の場所。


 新緑を撫でるそよ風が、さわさわと音を立てた。


《ブクブク……》


 すると水面で小さな気泡が弾けた。


 小魚が呼吸してるのかと思ったけれど、なんか違う。


 餌に喰いついたのかとも思ったけど、それも違う。


 だって糸の先端には、チョコレートがついているのだから。


 竿を引かれる感覚があったので、僕は獲物を釣り上げた。


 …………。


 女の子が喰いついていた。


 同じクラスの女の子だ。


 なんで?


 チョコレートを取っておいしそうに食べている。


 僕は水着姿の君に尋ねてみる。


「なにしてるの?」


 すると君は「糖分補給」と答えた。


 泳ぐと甘いものが欲しくなるらしい……。


 チョコを全部食べると、君は陸に上がって、ゆっくりと髪を掻き上げた。


 聞くところによると、以前よりこの場所を訪れていたという。


 どうやら秘密の場所は、僕だけのものではないらしい。


 誰にも邪魔されず、水底から湧き上がる小さな気泡の音を聴くことが、一番安らぐ瞬間なのだとか。


「この音を聴いてると、まるで赤ちゃんに戻ったみたい」


 ――そんなことを言いながら、君は空を見上げた。


 僕の隣に座って、足の先端を水面で遊ばせている。


「一緒に泳ぐ?」と誘われたけど、僕はここがいいからと言って釣り糸を垂らした。


 ただ、ぼんやりと、垂らし続ける。


 ………………


 さて。


 今度はドーナツでも吊るそうかな。

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