あなたと私、キミと僕。

水原蔵人

第1話こいコク

 学校の昼休み。


 わたしは空中に泳いでいる鯉を見た。


 フツウこんなのありえない。


 鯉は、口から一本の細長い線を出していた。


 それは綺麗な赤い糸だった。


 鯉はあなたの頭上でくるくると回っている。


 わたしの好きな、あなたの頭上でくるくると回っている。


「早く告れ!」とでも言うように。


 鯉はくるくると回り続ける。


「「恋」が「鯉」とかダジャレかよ」


 ……そんなことを思う。


 ああ、わたしも重傷だ。


 これは昂る感情の表れ?


 だとしたらもうあとには引けない。


 ……いいよ、ここで告ってあげる。

 

「あの、実は――」

 

 ――しかし結果は惨敗だった。

 

 わたしの言葉を聞くなり、あなたはよそよそしい態度で廊下の向こうに去ってしまった。


 ……死にたい。

 

 そんなことがあってから、あっという間に時は流れた。


 数日後の昼休み。


 わたしは鯉みたいに口をぱくぱくさせながら屋上で過ごしていた。


 湖のような空を、無気力に眺める。


 しばらくぼーっとしていると、あることに気がついた。


 頭の上を、鯉が泳いでいる。


 思わず身体を起こして辺りを見渡す。


 目を凝らすと鯉の口から糸が伸びていた。


 赤い糸だ。


 それは屋上の出入口へと続いており、わたしが視線を向けると、ひょこっと人影が隠れる。


 よそよそしいその人物は、顔を赤らめてこちらを窺っていた。


 太く長い糸を目で追って、わたしは高鳴る心臓に手を当てた。


 相手がこちらに歩み寄る。


 モジモジと指先を絡ませながら、やがて互いが視線を交える。


「「あ、あの」」


 ――澄み渡る湖畔ような青空で、鯉が「ぱしゃん」と跳ねる音が聴こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る