第135話 親しき中に礼儀なし?

 なお、戦闘自体の一段落は付いたものの、城塞都市の近郊に踏み入ってきた異形らのむくろを感染症防止のため焼却したり、肩を並べた戦友達の遺体も荼毘だびしてとむらう必要があったりする。


 比較的損傷の少ない騎体が大型種の異形を、防護服姿の一般兵らが小型種の異形を処理するかたわら、駐騎姿勢になった魔術騎より侯爵家の嫡男と義姉が昇降用のワイヤーペダルで地面へ降りたのを見計らい、友好的とは言いがたい表情を浮かべた三名のジグラント騎士が近付いていった。


「よぅ、随分と派手なご登場だな、アルマインの騎士殿」

「そんなに新型騎を持ってんなら、出し渋るなよ」

「一つ分けてくれないか? 俺の乗騎が壊れちまってな」


「… 何というか、初見にもかかわらず、粗野な方々ですね」


 売り言葉に買い言葉で白緑びゃくろく色の髪を緩く束ねたエルフの淑女レディが言い返して、くいっと片眼鏡モノクルを少しだけ押し上げる。


 均整の取れたフィリスの美しさもあって粗忽そこつな野郎どもが押し黙ると、彼女の隣に立つヴィエルは柔らかい苦笑を零して、やや離れた場所で休憩中の魔導士達とそばひざまずいている彼らの専用騎を見遣みやった。


「背部と両脚にバースト機構を備えた高機動型のベガルタ改か、貴殿ら三連星の噂は聞いた事がある。中破した騎体もあるようだが、無事でなによりだ」


「あぁ、気遣きづかいに感謝する。けどな、最初から皇統派がゼファルス辺境伯のように常駐戦力を送っていたら、前線で支払う将兵の命はもっと減っていた筈だぞ」


 唐突な救援に感謝すれども、易々やすやすと受け入れられない片目のまぶたに縦傷がある将校、マインがあからさまな態度で毒づき、同輩たる二人も頷いて同意を示す。


 “引き換えに自領の兵卒を死なせろと言うのか?” と内心で呆れつつも、挑発に乗せられて反駁はんばくした配下の騎士達を押し留めて、どう相手をさとそうかと逡巡していれば側近を引き連れた伯爵がやってきた。


「カイア、オルト、そいつを黙らせろ。彼はヘイゼン卿の嫡男で次のアルマイン侯爵だ。無益な喧嘩を吹っ掛けて、私の顔に泥でも塗りたいのか?」


「うげッ、帝国貴族の子弟かよ!?」

「申し訳ありません、伯爵閣下」

「俺は止めたんですが、マインの奴が勝手に噛みついて……」


 しれっと他人事のように罪を擦り付けられた傷瞼きずまぶたの将校がブチ切れて、旧知の二人と取っ組み合う様子に我慢の限界を迎え、忍び笑いを漏らした侯爵家の次期当主は楽しそうに言葉を紡ぐ。


「いや、すまない… 貴殿らは本当に仲が良いのだな、アイロス卿も良い騎士候をお持ちのようで、羨ましい限りです」


「やらんぞ、隙あらば巫山戯ふざけている愉快な連中だが、ジグラント領軍の主力である事に変わりない。それよりも、貴公のあかい騎体はニーナ嬢の新作か?」


 自らも領主騎のセルティスを駆るだけあり、興味深げな眼差しをグリダヴォルに向けながら伯爵が尋ねると、淑女レディたしなみとして余計な発言は控えていたフィリスが笹穂耳を微動させた。


 若き騎士王になついている双子と同様、古代エルフ族の叡知を継承する一人の技術者として、こういった話には目が無いのかもしれない。


「横合いから失礼致します、閣下。ご指摘の通り、騎士骨格フレームと外殻は女狐殿の設計書に従い、教導技師の指導を受けて、此方こちらで組み上げたものですけど……」


 天秤核ライブラ・コアの複製品を内蔵して以降、“機械仕掛け魔人マギウスマキナ” が有する自己修復及び最適化の機能を一部獲得した事により、内側は別物になっているのだと何処かで聞いた台詞セリフのたまう。


 これを開発者である某御令嬢が耳にすれば、森人族は丹精込めた他人ひとの作品を何だと思っているのかと、ひとしきり憤慨ふんがいするだろう。


 苦心の末に考案した装甲へ魔法術式を刻む手法は魔導士と騎体の依存が深まるため、搭載魔法を選ばない補助魔導核に汎用性の面で敗れているものの、非常に斬新かつ画期的と言えるものだ。


 一応、その素晴らしさをフィリスも理解しているので、嫉妬を交えつつも高く評価されたニーナ・ヴァレルは… 今日も今日とて、ままならない現実に悩んでいた。



「もう一度聞くわ、アインスト。うちの将兵は事件に関与してないのね?」

「えぇ、現状での強硬手段は結果が読めませんので……」


 言外にゼファルス領、いては帝国臣民の為ならいとわないと述べた騎士長に頭を抱え、同席しているもう一人の将校にも上目づかいで問いただす。


 若干の嫌疑など籠められた瞳を向けられ、溜息したレオナルドが首を左右に振らせると、ひっついている相棒の魔導士娘エルネアが得意げに口を挟んできた。


「誘拐なんて大胆なこと命令でも無い限り、のレオには出来ない」 

「微妙にけなされた気もするが、一切関わってないぞ」


「ん~、騎士国も… あれでいて思慮深いクロード殿の性格的にあり得ないわね」


 話題となっているのは宰相公爵も迎えた正式な内乱の講和会談に際して、領内第二の都市を発ったセドリック・バレンスタインがの野盗団に襲われ、抵抗むなしく連れ去られた事件である。


 ほぼ全戦力をゼファルス領侵攻に動員した経緯から、馬車の護衛が一個小隊規模の軽装歩兵だけであったとしても、発砲しながらの騎馬突撃で貴人を捕縛した賊の練度は竜騎兵ドラグーン並みに高い。


 しかも、あるじを助けようと追い掛けた護衛の騎兵達が狙撃手に藪から撃たれて、馬の脚廻りを負傷させられる有様ありさまだ。いずれかの勢力が偽装していた疑いはぬぐえず、役者がそろわない交渉の場は一時的に先送りとされていた。

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