第134話 既に盟約は成されいる!(実は結構、早い段階で…)

 西方三領地と隣接する河川貿易の盛んな地域にて、グラディウスを基礎に新造されたクレイモアと呼ばれる第二世代騎の内、前衛の四騎が減速して左右に開けば… 隠れていた魔術特化の騎体 “グリダヴォル” の姿が露となる。


 麾下きかと似たような配色でも、臙脂えんじの外套に包まれた細い躯体は正に魔術師のそれであり、左脇腹の近くで向かい合わせている両掌の間には眩い球体が生じていた。


『腕部の魔術機構、正常動作を確認。何時いつでもいけますよ、ヴィエル』

『遅参のそりりは甘んじて受けよう。そして、此処ここからは共に……』


 先祖代々の教育係でもあるエルフの義姉が後部座席より発した言葉を受け、直系親族で唯一の騎体適性を持つ侯爵家の嫡男が呟いて、急制動させた魔術騎の両足で大地に痕跡を残しながら、アークスフィアの魔法を撃ち放つ。


「「ギィイィィイイッ」」

「「グォオオォオォ!?」」


 左腕に刻まれた付与術式の増強効果もあり、激しく輝いた極光弾は網膜に与える負荷で瞳を閉じさせたまま、着弾点付近の小型異形ら二百匹あまりを灰燼かいじんに帰した。


 燃料たる魔力結晶の都合で数回しか扱えないが、中枢部に埋め込まれた天秤核ライブラ・コアの複製品は想定以上に魔力消費を抑えており、躯体調整に関わった義姉のフィリスが胸を撫で下ろす。


 “機械仕掛けの魔人ブラキウム” の魔導核を模した贋物にせものえども、本物に造詣ぞうけいのある森人族の熟練工が精魂込めて製作したのであろう。


 顔も知らぬ誰かに感謝を捧げていると、敵味方全ての注目が集まったのを機に義弟の次期当主は乗騎の外部拡声器から、戦域の隅々まで届くような大声を発する。


『既にアルマイン侯とゼファルス辺境伯の盟約は成った! 奮えよ、帝国の将兵ッ、我らには勝利の女神ニーナ・ヴァレルが付いている!!』


「「「うぉおおぉおおぉ――ッ!!」」」

「なッ、何なのよ! この状況は!?」


 急転直下の事態に見舞われ、思わず叫んだ西側城門の魔女ヒルデに紅い魔術騎が疑似眼球を向け、防御術式の刻まれた右腕をかざせば市街地へ雪崩れ込もうとしていた猪人オークや、深き者どもディープ・ワンズの末裔を圧殺して半透明の魔法障壁が展開された。


 その間にも前衛四騎のクレイモアは会敵かいてきを済ませており、雑草を刈るように薙ぎ払った両手用の大剣で、魔獣系中心の小型種をまとめて物言わぬむくろに変えていく。


 さらに追随ついずいしてきた後衛の騎体も、とある技術者が皇統派内で広めた補助兵装のクラッカーを複数投げ入れ、爆散した無数の小鉄球で軍勢の中程にいた数百匹を死傷させた。


白狐ファウ殿の発明品、結構えぐいな……』


『あれ、人族の一般兵科にも非常に有効ですからね』

『硝石不足で火薬を量産できないのは良いのか、悪いのか』


 戦闘中行方不明M I Aの扱いとなっている妖艶な淑女レディが操縦者達の脳裏をかすめ、雑兵を効率的に殺傷する無慈悲な装備に対して、汗ばんだ背筋を寒からしめる。


 心做こころなしか、圧倒的な体格差で小物を間引く巨大騎士ナイトウィザード隊の手も緩んだが、もはや健在な小型種の約八千匹と中型種の四十匹ほどで城塞都市を陥落させる事は不可能に近いため、師団長格の虎獣人は伝令の眷族らに撤退命令を与えて発煙信号弾も打ち上げさせた。


「…… 致し方無い。他部族の戦士を巻き添えにしてまで、ましらの子孫と刺し違える訳にいくまい、退き際を誤るのは許されない愚行だ」


 独りうそぶいた虎男の動向を見逃さず、其々それぞれに傾注していた各部族の獣人が特殊な呪具を握り締めて、指揮していた異形達に退却の意図を伝播させる。


 即座にきびすを返した亜人系の怪物や魔獣は殿しんがりの概念に乏しいようで、我先にと無防備な背中を見せて逃亡するも、小廻りのかない騎体で対処するのは難しい。


 城塞歩廊ほろうから射撃を継続しているジグラント兵達も討って出ることなく、攻め寄せてきた小型種の軍勢は度重なる戦闘ですさんだ旧穀倉地帯より、好き勝手に離脱していった。


「…… 撃退できたか」

「あぁ、紙一重だったけどな」


「これで晩飯が喰える、うちの隊は牡蠣のクラムチャウダーだった筈」

「余り期待するなよ、きっと御破算だと思うぞ」


 人的損耗の他にも貯蔵庫を焼き払われたのはくつがえせない事実だが、窮地きゅうちを乗り越えた将兵数名の歓声が起こり、連鎖的に拡大して領軍全体が沸き立つ。


 ただし、2~3㎞先の荒野では領主アイロス麾下きかの三十数騎が押し込まれつつも防塁等を駆使して、大型種の魔獣らと綱渡りのような死闘を続けているため、主だった部隊長達は冷静に黒点の集合としか認識できない群影ぐんえいを眺めていた。


 若干、一般兵との温度差が生まれている様相ようそうに構わず、痩身の魔術騎を城門へ歩み寄らせながら、現場の統括とうかつ者を見定めていたヴィエル達は歩兵長と参謀役の魔女に一声掛ける。


此方こちらは続けて伯爵殿の援護に向かう』

『また後でお会いしましょう』


「貴公らの助力に心より感謝する」

「お二人の武運を祈らせて頂きます」


 やや社交辞令的な言葉ではあれども、丁寧に答礼した侯爵家の次期当主が乗騎のグリダヴォルを反転させると、大剣を装備した紅黒い巨大騎士ナイトウィザードつどい、主戦場の側面まで付き従っていく。


 そこから “滅びの刻楷きざはし” の横腹目掛けて各騎の搭載魔法を撃ち込んでいけば、鳥族の斥候ハルピュイア経由で城塞攻略の経過報告を聞き齧っていた荒獅子の獣人はいさぎよく諦め、手駒の異形達を支配領域へ退かせた。


 矢鱈やたらと連携攻撃にこだわる三騎のベガルタ改を格闘戦で打ち破り、中破した一騎を仕留める寸前だった巨人形態の黒狼も口端など吊り上げ、“存外に楽しめたぞ” とだけ言い放って転進する。


 不幸にも逃げ遅れた少数の駆除をって、どちらも相応の犠牲を出した数日に及ぶ侵攻は終息する運びとなり、西部戦線に再度の膠着こうちゃく状態がもたらされた。

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