第133話 Show The Flag!!(旗を見せろ!!)

 城郭じょうかくでの火災は “滅びの刻楷きざはし” を導く知性体の意にたがわず、城壁歩廊ほろうめているジグラント将兵の著しく士気を削ぎ、気付かぬ内に迎撃の手を緩めさせる。


 好機と見た連隊長格の権限を有する牡鹿の獣人が眷族らに伝え、振り廻させた大旗の合図で制式のマスケット銃や、魔法の射程外より破城槌隊を呼び寄せた。


 その主幹しゅかんを成すのはうたわれる齧歯類げっしるいの異形ミンクスであり、車輪付きの破城槌に寄り掛かって押し歩く姿だけなら、愛嬌があると言えなくもない。


 もっとも、異界にまう怪物のはしくれなので、直立状態だと人族の倍を越える巨躯に加え、嚙み切りに特化した門歯もんしも厄介なため一般兵科の人員が単独で討伐するのは至難のわざだ。


「チ… チチッ」


 何やらさえずるような鳴き声を漏らしているが、騙されてはいけない。


 城門を打ち破る性質上、大きな丸太を吊り下げた車体の重量に負けず、軽快に盾持ちの猪人オーク等と歩調を合わせて前進する様子から、膂力りょりょくのほどはうかがい知れる。


 ほどなくして破城槌が最前線の付近へ到達すると組立式の大梯子おおばしごを手にした小鬼達や、陸生に進化した “深き者どもディープ・ワンズ” の末裔が喊声かんせいを上げ、部隊単位の連携も見せながら攻勢を強めてきた。


「ッ、雑兵は銃兵隊に任せて破城槌を燃やします。第一魔術師隊、一班と二班は皆で共鳴魔法の高温発熱弾フレアを、三班は万一に備えた城門廻りの耐久強化……」


「いや、待て… 奴らの可動式投石機、まだ動くみたいだぞ!?」

「あぁ、もうッ! 、ちゃんと魔法で全部壊したのにぃ!!」


 冷静な態度で麾下きかの指揮を執っていた参謀役の魔女ヒルデがいきどおり、自身に向けられたドルフ歩兵長の胡乱な視線を受け流して、即座に指示内容を再検討する。


 元々、損傷軽微なのにわざと遊ばせていたか、昨夜の間に修理したか、どちらにしても遠方からまとめて射出される5~6㎏前後のは放置できない。


「少しだけ、指示内容を変更します。三班は等間隔に別れて浮遊障壁を傾斜展開、四班は目障りな投石機を潰しなさい」


「了解しました、隊長。防御って大事ですよね」

「同じくらいに相手の牙を折るのも重要……」


 日々の訓練内容が座学と戦技半々なだけあり、適切に命令を解釈した魔術師兵の半数は素早く散って術式構築しつつも、城塞に迫った小型異形らを狙う銃兵隊や弓兵隊へまぎれ込んだ。


 それから数秒経過して、共鳴魔法で有効打を与えられる距離に破城槌が出てきた直後、各投石機と繋がった其々それぞれの綱を筋骨隆々な大鬼オーガ達が四人一組で引き下ろす。


 起立していた木製棒アームの数々は支点を中心に凄まじい勢いで半回転して、作用点にあたる逆側の端を金属補強された止木とめぎへ叩き付け、“梃子の原理” に基づく遠心力で複数のバスケット内より、幾つもの石弾を吐き出した。


 ほぼ同時に魔術師隊の攻撃班も組んだ術式を発動させており、二つの大火球と魔弾数発が標的に放たれるのを待って、防御班の者達が無属性魔力で構築した半透明の障壁を横列状に空中へ顕現させるも… かばえるのはおよそ8㎡という限定的な空間のため、範囲外の兵士らは自分で耐え忍ぶしかない。


「かはッ、骨が…ぅう……」

「うぁ…ぅ…ッ、駄目だ……」


 最前列の重装歩兵が降り注いだ石弾を大盾で凌ぐかたわら、動きやすい革鎧越しに右肩の骨を砕かれた弓兵は矢を取り落としてひざまずき、兜ごと頭蓋を致命的なまでに陥没させられた銃兵がたおれる。


 他数名の死傷者がジグラント領軍に生じた一方、小鬼族の祈禱師ゴブリン・シャーマンらによる多重魔法障壁にて大火球の初弾を相殺した破城槌隊も、次弾を抑えきれず業火の余波にさらされていた。


「「グォアアァアァッ!?」」


 喉や眼球を焼かれた護衛の猪人オーク数匹が錯乱する中で、体毛を燃やされながらも巨躯の齧歯類げっしるいは破損した車輪付きの破城槌で彼らを弾き飛ばし、空堀にけられた石橋の先へと吶喊とっかんする。


 既に周囲の小型異形らが道を開けていたので、過度にさえぎられる事なく特攻を仕掛けた一匹の魔獣により、無情にも落とし格子と門扉が連続して破壊された。


「「「ウォオオォオォ―――ッ!!」」」

「…… 最悪ね、判断を間違えたみたい」


 やはり多少の犠牲を出しても、耐久性の強化を優先すべきだったと後悔するヒルデの真下で、城門に群がった亜人系の異形種らが瀕死のミンクスと破城槌の残骸を下げ、内側に待機させていた軽装歩兵隊と刃を交えていく。


 数に勝る人外の軍勢を押し留めるのは難しいため、各部隊長が城塞の放棄も視野に入れ始めた時、前触れなく歩廊ほろうの北端から盛大な歓声が響いた。


 訳も分からずに中央の将兵らが困惑していれば、人伝ひとづてに状況が伝わってくる。


「はぁ!? 援軍って… 南北の二領も防戦で動けないんじゃなかったの?」

「いえ、北東の方角より来たようです。恐らくはアルマイン領の騎体かと」


「この際、いけ好かないの連中でも大歓迎だ!」

「…… 腹黒なヘイゼン卿の性格を考えると素直に喜べませんよ、歩兵長」


 支援物資は送れども、自領の軍旗を見せる事がなかった隣接領への不満もあり、兵士達の抱いた疑念を払拭ふっしょくするが如く、“蜜蜂と王冠” の徽章きしょうを腕盾に刻んだ十体の紅黒い巨大騎士ナイトウィザードは目視可能な位置まで進出してきた。

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