第124話 夕焼けに染まる都市

 もはや付近に自立している巨大ゴーレムの姿はなく、転移離脱ベイルアウトの際に乗り捨てられた “機械仕掛けの魔人マギウス・マキナ” を含む敵騎が立ち往生するのみとなり、俺は騎体兵装の軍刀をベルフェゴールの腰元にしつらえられた鞘へ納める。


 深く一息ついて乗騎を反転させ、少し先を見るとたおしたスヴェルS型二番騎や、片脚の膝下を飛ばされてひざまずいた鹵獲ろかく騎の姿がレヴィアと共有している疑似眼球の視界に入った。


『悲しいね、色々と……』

『あぁ、そうだな』


 ざっと視認した偶発的な戦闘にける騎士国の損失は中破と大破が三騎ずつ、胸部を破壊された二騎の操縦者達に関しては生存が望めない。


 その中には国産騎の開発で初顔合わせとなり、公国遠征で肩を並べた弓騎士ダ―ヴィと氷結の魔導士アデリナも含まれている事から、過ごした時間の過多で命の重さに差を持たせる気は無くても、憂鬱ゆううつ度合いが増してしまう。


(喪失感には慣れないが… まだだ、られるのは後でいい)


 再度、南門と向き合えば都市内外に大型種の残敵がいない事や、自軍の被害状況など確かめていた手勢の騎体は此方こちらを、友軍の騎体は飛空艇を囲むように下がってきたので、手早く意識を切り替えた。


『損傷した騎体を中心に皆で円陣を組むぞ。構わないな、アインスト殿』


『異論はない、数騎ほど先に市街地へ入れさせて貰うがな』

『取り敢えず、残りは一般兵科の部隊が到着するまで現状維持ですね』


 代替騎の首を縦に振らせ、同乗する魔導士エリザの言葉添えには無言の肯定で応じたの騎士長が指示を飛ばして、未だ小型種の異形らと戦うの将兵達を鼓舞するため、麾下きかより選んだ手練れの四騎に南門をくぐらせる。


 東西南北を結ぶ数少ない大通りしか歩めず、路肩に建物の並ぶ環境では満足に武器すら振るえないものの、巨大騎士ナイトウィザードの威容で都市郊外の制圧を誇示すればの士気は高まるだろう。


『…… 数日前は互いにしのぎを削っていたんだけどな』


『ん~、例え打算的でも、土壇場で手を取り合えるのが人の強さだと思う』

『そう認識していた方が精神衛生上、宜しいかと思います、陛下』


 色々と現実的な部分が見えていても、ポジティブ思考は譲らない赤毛の幼馴染レヴィアに続き、近寄ってきた団長騎の魔導士フィーネが同調を示しつつ他意をほのめかせ、いつもと変わらぬ澄んだ声でささやかな助言をくれた。


 犬猿の仲とえど、ゼファルスとリグシアの双方は帝国を構成する一領地に過ぎず、人類共通の敵を前に連携するのは必然だとのたまう。


『女狐殿に協力しているだけの我々が強硬姿勢を貫くのも本末転倒ですし、各陣営の協力体制が暗黙の了解で成されるのは自然なことです』


『ぬぅ、理屈ばかりで頂けない。人々の窮地に敵対していた者達が手を組む、ただそれだけの事に野暮ったい理由付けなど蛇足ではないか』


 何やら思うところがあったのか、義娘の発言にゼノスが持論を挟むも… 大破したスヴェルS型二番騎へ向かっていた琴乃の一番騎より、嗚咽をこらえながらの戦死報告が入って沈黙に包まれる。


 どう声を掛けるべきか、逡巡している間に幾人かの騎士や魔導士達が気遣きづかう言葉を並べ、此方こちらは機会をいっしてしまった。


『ッ、出遅れた……』

『クロードは同郷だから、おもんばかって考え込んじゃうよね』 


 少し重めの溜息を吐き、視界の端へ映り込んでいた既知の斥候兵に乗騎を頷かせれば、後方部隊を呼び寄せる緑色の信号発煙弾が空にのぼっていく。


 されども真っ先に到着したのはゼファルス領が誇る竜騎兵隊ドラグーンの二百名であり、飛空艇の出入口に一部が陣取って領主の御令嬢を船外へエスコートしてきた。


『大丈夫だったか、ニーナ殿?』

「えぇ、身体中痛くて、骨にひびくらい入ってそうだけど」


 ややしかめた表情でベルフェゴールを見上げて損傷に気付き、さらに不機嫌となった彼女はアインストの報告を受けて騎兵長に耳打ちした後、侍従兵の少女と一緒に覚束おぼつかない足取りで船内へ引き返す。


 その細い背中や、綺麗なダークブラウンの髪に見惚れていた初見の将校が振り向き、此方こちらに深々と一礼をしてみせた。


「主命に従い、都市ライフツィヒに突入するので失礼致します」

壁内へきないではリグシア領軍が優勢になっている。中隊規模の戦力で無理はするなよ』


「心得ております、騎士王陛下。うちの御嬢はあれでいて心根が優しい、兵達を死なせて悲しませる訳にいきません。どうですか、御妃にでも?」


 にやりと口端を歪めた友軍の騎兵長は愛馬に跨り、大声で手勢の指揮を執ったかと思えば、俺の返事を待たずに走り去る。


 少し唖然としていたら、レヴィアの淡い呟きが背後より聞こえてきた。


「なんで、否定しないかなぁ…… イザナ様… ううん、サリエルさん案件だね」


 勝手に事案化するのは止めてくれと辟易へきえきしつつ、上下二連装式の散弾銃など装備した竜騎兵隊ドラグーンを見送ってからおおよそ一刻程…… 街道を進んできた徒歩の兵科も合流して、残敵掃討や人命救助を目的とした混成部隊がゼファルス側より市街地へ投入される。


 当然の如く、以前の戦いで投降したリグシアの騎体操縦者ら十数名も同行したいと嘆願してきたので、制式の軍刀とマスケット銃を渡してやった。


『もっと反対するかと思ったが……』

「罪なき民を護るのが騎士の在り方、軽々けいけいに止められんよ」


 そううそぶいた副騎士団長のライゼスは整備班員も兼ねた輜重しちょう兵達の指揮を執り、しれっと何食わぬ顔で大破した有翼騎の周囲に陣地を設営する。


 どうやら喜々としてむらがっている双子エルフの入れ知恵らしく、なし崩し的に稀有けうな翼持つ “機械仕掛けの魔人マギウス・マキナ” の残骸を確保する魂胆なのだろう。


 若干、呆れて乗騎の疑似眼球を壁内へきないに向け直すと、異形の怪物達によって屍山血河しざんけつがを築かれた都市の街並みが夕日に照らされ、殊更ことさらに紅く染められていた。

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