第125話 とある部隊の長い一日

※今回は114話の「立つ鳥は跡を濁さず、全てを灰燼に帰すもの」で火蓋を切った部隊の話で、幕間のようなものです。




 初冬の日暮れは早く、街区を徘徊している小型種の魔獣達より人族の暗視能力が低いことから、帝国兵達は日没前に僅かでも多くの敵を減らそうと奮戦しており、少なくない欠員を出したリグシア領軍の旅団第一大隊第二中隊も例外ではない。


 むしろ、趨勢すうせいが決した今、待機任務の順番に恵まれず戦端を切る羽目となり、半数近い仲間を殺された彼らの残党狩りは苛烈だ。


「周囲一帯の路地を虱潰しらみつぶしにしろ、一匹残さず駆逐してやるッ!」

「「「了解!!」」」


 哀れな市民の亡骸が散乱する都市の一角、いつもは育ちの良さをうかがわせる温厚な性格の将校クルトが鬼気迫る表情で怒鳴り、自ら指揮する五十名前後の分隊に指示を飛ばす。


 “男子、三日間会わざれば刮目かつもくして見よ” とは極東地域の慣用句だが、正確には約半日で十分らしい。


(人死ひとじにを見過ぎて、心が麻痺しているだけかも……)


 落ち着いた時点で押さえている感情があふれ、精神の均衡を崩してしまう可能性もあるので、必要なら優しく受け止めようと副官のベルタは年下の隊長恋人見遣みやった。


 くいう彼女も、巨大な岩人形らが壊し歩いた表通りの惨状、魔獣達が喰い荒らした欠損死体の数々に病んでいて、戦場にそぐわない感傷的な思考を挟んでいる。


 それを知覚して自嘲気味にわらった直後、狭い裏通りの壁面を交互に蹴り上がってきたのか、建物の屋根に鷲頭の獅子イーグルヘッドが躍り出て、そのまま15~20mほど先に飛び降りてきた。


「… 撃ち漏らした奴、説教ね」


 悪態と共に銃口を向け、体躯と不釣り合いな頭部へ狙い澄ました弾丸ヘッドショットを撃ち込むも、軽快な斜め前方へのステップでらされて右肩を穿うがつに留まる。


 取り急ぎコッキングレバーの操作で排莢はいきょうして、まとの大きい胴体に撃ち込んだ次弾は避けようとする相手の左前肢を射抜き、硬い石畳へ派手に転倒させた。


 勢い余って滑ってきた魔獣の首筋を無慈悲に振るった軍刀で切り裂き、軍服のすそを血飛沫で赤黒く汚したクルトの勇姿にベルタが惚れ直していると、くだんの路地より軽装歩兵達が駆け寄ってきて頭を下げる。


「すみません」

「お手をわずらわせました」


「いや、構わない。さっさと済ませて仮設陣地に帰投するぞ」

「休憩がてら、松明やランタンを受領しないと」


 薄暗い空を見上げて呟かれた副官の言葉に頷き、一礼した麾下きかの兵士達は颯爽と走り去っていった。


 それからおよそ四半刻の後、避難民が殺到して混乱するのを見越した上で、入場制限されている中央広場まで引き返せば……


 白化して輝きを失った精霊門を囲むように四体の巨大騎士ナイトウィザードが仁王立ちする風景の中、自軍の旗にまぎれたヴァレル家の紋章旗が一本だけ立っており、悠々と風に吹かれて棚引たなびいている。


「女狐殿のつかいと旅団長の話し合いかしらね、中隊長はどう思う?」


「同意見だな、現状のラムゼイ男爵には帝国法の戦時特例で強権が与えられているし、暫定的な交渉先として申し分ない筈だ」


 領内第二の都市ドレスデを治めるリグシア侯爵の嫡男、セドリック・バレンスタインが惨状を把握はあくして到着するまで、領主相当の権限を有していると考えて良い。


 幸運にも責任ある立場の御仁は武功を上げて出世したクチなので、銃後の貴族らのように見当違いで迷惑な命令を出すどころか、城郭内では一時的に帰還してくる部隊のため簡素な食事と夜間装備、貴重な弾薬が用意されていた。


 胸裏で感謝しつつも、伝令に案内された城庭の教会付近へ移動して部隊点呼を取り、生き残った百余名の者達に休息を与えるかたわら、クルトは見繕みつくろった余力のある十数名に補給物資の受け取りを頼む。


 必要な指示を済ませ、脱力するかのように芝生へ腰を下ろして、ふと視線を上げると異変の前兆となった局所的な地震や、巨大ゴーレムの剛拳で壊された城の残骸が目に付いた。


「何と言うか、疲労感を増長する絵面えづらだな……」

「でも、都市内で領軍の拠点になるのは此処ここくらいだからね」


 どさりと背後に座り込んで遠慮なく体重を掛け、背凭せもたれ扱いしてきたベルタにあらがい、負けじと押し返していると頭上から呆れた声が降ってくる。


「無駄に体力を消耗するな、まったく困った連中だ」


「…… 不可抗力です、父上」

旅団長、私達の中隊に御用でも?」


 目上の将校に対する一般的な礼儀として起立し掛けた二人を止め、四十代後半のいかつい大男は口籠り、やや気まずそうな表情を浮かべた。


 珍しくも微妙な態度にクルトらが少し戸惑えば、ぼそりと言葉を紡ぐ。


「いや、第一大隊第二中隊が無事帰投したと聞いたのでな……」

「あぁ、親心というやつですか。愛されてますね、中隊長」


 揶揄からかい混じりの指摘を受け、溜息したクルトの脳裏に家族の姿が過って、堅物な父親に尋ねようとするも、これだけの惨事に直面して身内の安否確認を優先する性格ではないと思い直す。


 ゆえに問う内容を私的なものではなく、公的なものに切り替えた。


「リグシア領はどうなるんでしょうね、先が見えない」


「言いふらす事でもないが… この後、男爵とゼファルス辺境伯の陣中を訪問する事になった。有耶無耶うやむやな状態の終戦協定をまとめて、今日の謝礼も済ませる予定だ」


 領地と爵位を継承するセドリック卿の手前、大それた事柄は取り決められずとも、招いた客人をないがしろにはできない。


 如何いかんともしがたいとひとちてから、気の重い会談に同席するため、自身も下級貴族である副旅団長はきびすを返して立ち去った。

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