第114話 立つ鳥は跡を濁さず、全てを灰燼に帰すもの

「おいッ、まだ騎体工房のグラディウスは来ないのか! 発生源の精霊門を潰さないと収拾が付かないぞ!!」


「“冷静に” よ、中隊長。熱くなりやすいのは賭博だけにしてね」


 年若くとも家柄で出世したリグシアの将校クルトをいさめて、姐さん女房な副長が軽口を叩きながら、取り急ぎ部下に調達させた木箱の上へ飛び乗ってカービン銃の引き金を絞る。


 皮肉にも、白狐ファウの考案で造られた金属製小筒で弾丸と装薬を一体化しているリムファイア式の実包より、先端部の弾頭が飛び出して奇怪な人猪オーク一匹の頭部にあか血華ちばなを咲かせた。


「グギィイッ!?」

「よしッ、次!!」


 威勢の良い声を上げた彼女は銃床内部の管状弾倉シリンダーから次弾を装填するため、手早くレバー操作を済ませて撃鉄も起こし、先ほど仕留めたものとは別種の異形目掛けて銃撃を放つ。


 それを右肩に受けた小型といえども比較的に大きい、梟頭の熊アウルベアが最前列の兵士へ振り下ろそうとしていた剛腕を止めて踏み留まるが、追加の弾丸二発を頭部と胸に受けて仰向けにたおれた。


「グッ、ウ…ゥ……」


「流石、ベルタさん!!」

「凄まじいですね、新式の七連発銃」


螺旋条溝ライフリングの補正もあるが、恐ろしいほどの腕前だな」


 前衛を務める槍兵越しに垣間見た後衛達や、断末魔の獣声じゅうせいで敵手の致命傷を理解した将校は勢いづくも、ざっくばらんに肩のあたりで髪を切りそろえた当人が首を左右に振った。


「駄目、局所優位性が無いから前線を維持できない、身内の死体を無駄に増やしたくないなら後退すべきね」


 近場にいたクルトへ木箱の足場を譲り、少なくない数の兵が石畳にたおれ伏した前方の光景を確認させる。


 僅かに頬をらせた彼の眺める先では、出会い頭に旧式のマスケットを斉射した銃兵らと交代して、鉄槍で応戦していた前衛の一人が魔獣に虚を突かれ、喉笛を噛み潰されていた。


 他にも猪人オークの力任せな槍撃で胸元を刺し貫かれた者や、六本肢の黒馬がまき散らす紫焔を受けて火達磨になって絶叫する者達など、見える範囲の人的損耗を挙げれば切りがない。


「ッ、陣形を維持したまま城郭じょうかくに退避だ! 後続の第一中隊、第三中隊と合流して態勢を立て直す!!」


「ん、素直で宜しい。私達だけが矢面やおもてに立たされるのは割に合わない」

「偶々、待機中だったのが自部隊という時点で最悪ですよ、本当に……」


 る瀬無い表情となった後詰めの兵達は単発の制式銃マスケットを一斉に構え、下がってきた前衛組の隙間から、数十に及ぶ鉛玉を小型の異形どもへ喰らわせた。


「「「ギャウゥ!?」」」

「「ウガァアッ!!」」


 着弾と供に悲鳴を上げた獣主体の怪物達が躊躇ちゅうちょしている内に、何とか統率を保っている駐留部隊は彼我ひがの距離を開けていくも… 精霊門の四方に大きな空間の歪みが生じて、危惧きぐしていた大型異形にあたる全高十数mの巨大ゴーレムが姿を現す。


 要所を金属部品で護られた岩石の躯体に比して、大振りな両腕には格闘用ガントレットが装着されており、その一撃を貰ってしまうと惰弱な人間の身体は衝撃で跡形もなく破裂するだろう。


 頭上より叩き潰されるならまだしも、剛腕に薙ぎ払われたら被害は甚大だ。


「んー、もう無理ね、対処できる範疇じゃない」

「ど、どうしたら良いんだ、ベルタ!!」


「自分達の生存を優先しましょう、なるべく領民を逃がしながらね」


 狼狽ろうばいする二つ年下の将校恋人を落ち着かせ、広場付近の建物を破壊し始めた巨大な岩人形や、未だに消えない歪みから出現してくる新手の大型種を見遣みやり、髪をげた副長が悔しそうに歯嚙みする。


 それでも意識を切り替えた彼女の的確な指示により、追いすがる小型異形の魔獣達と適度に交戦しつつ、駐留部隊が城郭じょうかくへ逃げ込んでいくかたわら…… 少し離れた騎体工房でも、惨劇は繰り広げられていた。



「うがッ、ぐぶ……ッ…うぅ」

「な、な、何で……」


 双頭の魔獣オルトロス十数匹の群れに襲われた整備班員の内、生き残った数名が血塗れな瀕死の状態で、顔見知りの少女に疑問を投げ掛ける。


 伝承に聞くエルフのような姿へ変わっているが、リグシア領の開発責任者である白狐ファウの世話をしていた侍女シータに違いなく、彼らも仕事の合間に香草茶ハーブティーれて貰った事があった。


 そんな侍女は視線さえ向けず、そばに寄り添う大柄な魔獣を優しく撫でてから、些細ささいなことのように言葉を紡ぐ。

 

「立つ鳥跡を濁さずと言いましょうか、ファウ様が与えた先進技術の隠滅を命じられましたので……」


 猿真似の上手い某女領主ニーナなら、独自に再現する可能性は否定できないものの、緻密に動く四本腕が特徴的な “ナイトシェード・羅刹” や、荷電魔導砲を搭載した “キャノンディール” には高度な魔導核の制御技術が導入されている。


 自種族の叡知えいちを少しは理解しているであろう女狐に漏洩し、予期せぬ化学反応でも起こされたら厄介きわまりない。


「開発及び設計資料に加えて、貴方達も処分の対象… 申し訳ありませんけど、安らかに眠ってくださいな、皆様」


「うぁ、や、止めて… ぎッ、がぁあ!」

「「ッ、うぅ…ぁ…………」」


 もはや抵抗する余力のない者達が魔獣どもになぶられて、徐々に息絶えていく様子を騎体の疑似眼球で捉え、死せる侯爵の出撃許可を操縦席で待っていた騎士の一人が叫ぶ。


『くそがッ、動け! 何とかならないのか!!』

『… 多分、魔導核に細工されてたのよ、どうしようもないわ』


 ふらりと現れた笹穂耳の侍女は初動で魔力波を放射したのみに過ぎず、それだけで巨大騎士ナイトウィザードの人工筋肉が硬直した事から、前以まえもって幾つかの仕込みがあったとしか思えない。


 工房内に駐騎していた他の二体も同様らしく、接続中の念話装置は取り乱した僚友達の声を伝えてくる。


『他人の心配してる場合かよッ!!』

『これじゃあ、私達も棺桶に入ってるのと同じね』


『あぁ、胸部装甲を解放できないし、転移の魔封石も抜き取られてやがる』

『大型種が来たら、一巻の終わり……』


 次は我が身と凄惨な光景を眺めていたリグシアの操縦者らも、抜け目ない侍女が呼び込んだ巨大ゴーレムの餌食となり…… 鋼鉄製の手甲に覆われた剛腕で、騎体ごと念入りに叩き潰されてしまう羽目になる。

 

 その途中で感覚共有を復旧させ、死にゆく者達の苦鳴を楽しんだ悪趣味なシータは屋根や壁が崩れて、鉄骨剥き出しとなった工房内を満足そうに見渡してから広場へ引き返した。


 城壁の外に至れば約四十体まで増えた格闘型や、術師型の岩人形が北側以外の大通りを闊歩かっぽして、周囲の建物を破壊しつつ都市門に向かう遠景などもうかがえる。


 大混乱になっている街中と異なり、蓄えた星の力を使い果たした精霊門の前には白エルフの戦士らが駆る二騎の “機械人形マキナ” アイオーンと、主複四枚の翼持つ希少な “機械仕掛けの魔人マギウス・マキナ” アルビレオが静かに駐騎姿勢を取っていた。

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