第113話 執心の行き着く先

 一方、執務室に取り残されているハイゼルは虚空へ消えた異質な風魔法に即応して、上着の下に隠れたホルスターよりパーカッション式の六連発銃リボルバーを素早く引き抜き、銀髪を襟足えりあしより少し下で切りそろえた凛々しい侍女へ向けていた。


 ただ、どうしても引き金に掛けた指が微動だにせず、困惑した顔で酸欠気味な魚のように口を “ぱくぱく” させている。そんな無様とも言える姿を見たもう一人、銀髪を片側でまとめて結い上げた快活そうな侍女が嘲笑あざわらう。


「ふふっ、特別に “発言を許可” してあげます、リグシア候」

「貴様ら…… 私の身体に一体何をした?」


「それはもう色々としていますが、何から教えてあげれば良いのやら♪」

「シータ、不遜ふそんにも霊長を名乗る種族とは言え、愚弄ぐろうするのはどうかと思う」


 悪戯心をのぞかせた遠縁の同輩に呆れつつも、先程は鋭角さえあれば何処からでも襲い掛かる旧支配者クトゥルフの神話に基づいた “ティンダロスの魔刃” を放ち、手際よくアルダベルト老をほふったボブヘアの娘が眉をしかめた。


 相方の諫言かんげんまらなさそうな表情を浮かべ、すぐに取りつくろったサイドテールの娘は姿勢をただして、愉悦混じりの口調でハイゼルにとって重大な事実を告げる。


「もう貴方は死んでいるのです。数日前、敗戦の報告が届いたおり… 我ら白エルフの族長ファウ様を口汚くののしって、ラムダの風刃で斬首されましたから」


情動的に刎ねたカッとなってやった、後悔はしていない」

「くだらん世迷言を抜かすなッ、巫山戯ふざけるのも大概にしろ!!」


 銃口を向けたまま首から下が動かない状態で怒鳴れども、まともに取り合わないシータは憐憫れんびんの視線を投げるだけに留まり、その様子を一瞥いちべつした相方が浅い溜息など吐いた。


「都合よく戦場に出てきたニーナ・ヴァレルを都市近郊までおびき寄せた以上、既に貴方の役目は終わっている。“検閲けんえつを解除” してもいい」


「これは… 記憶が……」


 特殊な魔力が乗せられたラムダの言霊ことだまを聞いた刹那、欠落している自覚すらなかった複数の場面が脳裏に浮かび、到底無視できる筈も無い違和感を抱いてしまう。


 そこでのハイゼル・バレンスタインは容姿端麗な人外の侍女達が言うように殺害されており、今も存在している事自体が悪質な冗談のたぐいでしかない。


あやめるだけに飽き足らずアンデッド化までしたのかッ、下衆どもめ!」

「それこそ世迷言です… 高貴な白エルフが不浄のわざを扱うとでも?」


「寧ろ、神の御業みわざに近い。死体の補修と防腐処理に加え、疑似血液の充填も済ませてから、ファウ様が魂を秘術で定着させた」


 さらに不都合な事柄を知覚できないよう様々な制約を課した上、表向きは自由な意志を与えた “成れの果て” が今のリグシア侯爵である。


 聞く限りでは非常に有効性の高い、汎用的な蘇生術と思えなくもないが…… 強引に剝離はくりした魂を肉体と結び付けている手前、持って一週間前後くらいの黄泉がえりに過ぎない。


「放置して変なタイミングで崩壊されても支障はありませんけど、ファウ様の御言葉を預かったので私達が出向いた次第です」


「でも、余り多くの時間は取れない… “生命の円環に戻れ”」


 再度ラムダの紡いだ言霊ことだまにより、未だ硬直しているハイゼルの指先が罅割ひびわれて、炭化カルシウムや水素と酸素の化合物等に分解されていく。


 崩れた右手ごと落下した拳銃が鳴らす残響を耳にしながら、まったく痛みなど感じないにもかかわらず、消えゆく侯爵は後悔で苦しそうに相貌を歪めた。


「無念だ、己の失態に無辜むこの民を巻き込んだか……」


 帝国貴族の矜持きょうじや血統主義を重んじて、嫌疑のある稀人まれびと領主の女狐を排除しようとした結果、本来の天敵に足元をすくわれて領民が窮地におちいっている現状は慙愧ざんきに耐えない。


 それでも最後の瞬間を待つしかできないため、ゆるりとまぶたを閉じて瞑目した。


 自然の摂理に反する肉体はろくな残骸も残さず、僅かな時間で人体を構成する数種類の有機物に還元され、シータが魔法で起こした小さな旋風の内側に巻き込まれて割れ窓より上空へと散華した。


 此処ここが大地を石畳で覆われた中核都市ライフツィヒではなくエルフ種のまう森林地帯なら、バクテリアや菌類など微生物の分解作用を経由して、全てが効率的に自然の中へとかえることだろう。


「…… 何やら、永劫の森が恋しくなりました。手早く済ませて戻りましょう」

「ん、同意する、人の造った都市は活気があっても息苦しい」


 精神的にも物理的にも合わない環境から脱却して、生き残った自種族が “滅びの刻楷きざはし” に由来する知識で創生した第二の故郷に帰還すべく、白エルフの二人は其々それぞれの役割を果たしに向かった。


 彼女達が歩を進める先の中央広場からは剣戟や銃声、魔法による破砕音も風に乗って聞こえてきており、城郭じょうかく内に詰めていた駐留部隊の一部が小型異形種の魔獣を迎撃しているようだが…… 精霊門から湧き出てくる新手の散開までは防げない。


 広場と隣接する商業区画の市場付近にも浸透を許してしまい、魔獣の鋭い爪牙で無惨な死体に変えられて、捕食される犠牲者の数は加速度的に増えていた。

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