第101話 たかがエルフ如きの好きにはさせない!

 ゼファルス領より派遣されている教導技師達から、領主令嬢の風貌を聞かされていたらしく、いつの間にやらそばまで来ていたミラが長い笹穂耳ささほみみをぴこつかせて得意げに呟く。


「ふっ、この騎体もう、貴女の知っているベルちゃんじゃないのです」

「私の傑作品が暗黒面へ堕ちたみたいに言われてもね。何、このエルフ?」


 やや苛立たしげな女狐殿を気遣きづかうことなく、留まる事を知らない双子の片割れがつつましい胸を張り、黒銀の騎体へ向かって片腕を広げた。


自律AI型魔導核の影響で徐々に再構築された全身の騎士骨格フレームや人工筋肉、魔導炉の獅子心王レオンハートに至るまで、もはや外殻の内側は別物なのです♪」


「多分、ほど遠くない内に失われた “機械仕掛けの魔人マギウス・マキナ” レグルスの複製体になるかと、過去に回収された魔導核を流用しましたから」


 妹を後追いしてきたミアの言葉通り、整備に関わっている一部の技術者しか知らない事だが、俺達の騎体には古代エルフ族の遺物が内蔵されている。


 隠れ里に眠らせていても仕方なく、躯体からだが無いのは可哀想だという話になって、大森林のエルフたちと盟約を締結する際に自国へ貸与されたのだ。


(物置小屋で千年以上もくすぶっていただけに、たかぶり易いのが玉にきずか)


 動力制御をになうレヴィアの負荷が増え、俺も少なからず影響を受けて血気盛んになってしまうため、ベルフェゴールに搭載された疑似人格が好戦的なのは考え物だと溜息する。


 一方、説明にかこつけた双子エルフの自慢を聞かされながら、大人な態度で受け流していたニーナは草地へ仰臥ぎょうがさせている乗騎に触れ、外部装甲の破損部位から淡く明滅する人工筋肉をのぞき込んだ。


「ん~、自己修復すると言っても、素体の範囲に留まるのね」

「魔導核に直接関係しないので、武装とかは対象外なのです」


「壊れた左剛腕も地道に修理するしかないのです、うぅ」

「えっと、次の戦いには間に合うんだよね?」


 素朴なレヴィアの疑問に双子姉妹が眉間へ皺を寄せ、そろって首を左右に振る。


 折り畳まれた骨格部分を伸長させるバースト機構も破損しているとの事で、隠密性と機動性を優先して絞り込んだ物資では頑強な装甲も含めて、完全な修理が難しいと断言されてしまった。


「何とかならないのか、ニーナ殿?」


 白兵戦にいて攻守兼ね備えた切り札を失うのは御免被ごめんこうむりたい事もあり、騎体の開発者に駄目もとで視線を投げると、彼女は満面の笑顔で豊かな胸を反らす。


 その蠱惑的な姿に赤毛の魔導士やエルフ娘達が羨望の眼差しを向ければ、どや顔の御令嬢は嬉しそうに宣言する。


「ふふっ、こんな事もあろうかと! 試作段階でお蔵入りになった “有線式バーストナックル” を持参してきたの!!」


「はぅ、それって……」

「今度は拳がのか、うつだな」


 ようやく左腕の関節が抜け、骨格ごと勢い良く伸びる騎体経由の違和感に慣れたかと思いきや、更なる苦行を言い渡されて片頬がった。


 ただ、既にニーナの心中では腕部換装が決定事項となっており、侍従兵の少女に伝言を託してゼファルス領軍の野営地へ走らせてから、出向組の技師数名と合流して左剛腕を取り外しに掛かる。


「ちょっと、ベルちゃんに何をするのです!」

「勝手に触らないでくださいッ!!」


「むぅ、この子を鍛造したのは私よ、たかがエルフ如きの好きにはさせない!」


 転移時に時空の裂け目へ落ち、瑞々みずみずしい肉体のまま膨大な主観時間を過ごした彼女の稚拙な啖呵たんかあおられ、少なくとも100歳越えの長命種達が熱くなるという絵面えづらには頭痛を禁じ得ない。


「こっちの意見とか、ちっ~とも聞いてくれないんだね」

「幾つか、確認すべき事もあるんだがな」


 若干、困惑気味なレヴィアと巻き込まれないよう小声で囁き合い、女狐殿と栗鼠りす姉妹の不毛な争いを観戦していたら、背後より見知った気配が近づいてくる。


 微細な足音や歩幅、この状況下で話がありそうな人物などを踏まえ、直感で当たりを付けているに過ぎないものの、これが結構的中するため感覚自体は鋭くなっているのだろう。


 ゆるりと身体の向きを変え、困り顔のジャックス班長とってくる新任騎士のリタを迎えた。


「お二人とも、お疲れ様です」

「あぁ、傷は… フィーネに治療してもらったのか」


「はい、凄いですよね、大地の癒しアースヒール

「ん、私もよく世話になってるよぅ♪」


 幼馴染みが褒められて上機嫌な赤毛の少女を生暖かく見守ってから、機械油の匂いをまとわせた整備班長が頭をき、此処ここまで来た用件を切り出す。


「騎士王陛下、拿捕だほした皇統派のグラディウスをくれと、リタの嬢ちゃんがうるさいんだ。取り敢えず、魔導士登録を変更して構わないか?」


「そうだな、擱座かくざしているクラウソラス二番騎の補充に当ててくれ」

「やったッ、ありがとう御座います!」


 小さく拳を握り締めた年若い騎士に加え、損傷が酷い三番騎のペアを乗換えさせるように言付けた後、複数の準騎士や準魔導士を昇格させて残りの騎体に宛がう意思も伝える。


 鹵獲物ろかくぶつを実戦投入するか否かは別として、此方こちら側で運用可能な状態にしておくのは必須であり、純粋に仕事量の増えた移民系米国人ジャックスはがっくりと肩を落とした。

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