第102話 整備兵のお仕事は時間との戦いです

「まぁ、壊れた物を直したり、補修したりするのが銃後じゅうごにいる整備班の本業だからな。どれくらいの期間を態勢の立て直しに使えるんだ?」


「敵方のハイゼル何某なにがしが戦力の逐次ちくじ投入をするような愚者でない限り、既に勝負は決している気もするが、他の皇統派貴族にも動きはある筈だからな」


 唐突な整備班長の問いに答えつつも、僅かに思案した俺は盟友の意見も聞いておくべきだと判断して、言い負かされて四つんいになっている双子エルフの姉妹を見下ろし、何やら勝ち誇っていたニーナを手招く。


 満足げな彼女は軽い足取りで此方こちらに歩み寄り、微かにダークブラウンの髪を揺らして、ゆっくりと小首を傾げた。


「どうしたの、クロード殿」

「今後の予定を詰めておきたい」


「そうね、ジャックス技官、騎士国側の修理作業に必要な日数は?」

「破損の激しい騎体を残置ざんちするにしても最低で二日、できれば三日は欲しい」


 にわかに近場で作業中の整備兵たちが手を止め、仕事の難易度を左右する会話に傾注けいちゅうしていく状況の下、口元に右掌を添えて黙考していた御令嬢が小さな声でぶつぶつとひとちる。


「今更、損失を嫌って日和見ひよりみしていた連中が動くとは思えないし、むし蜥蜴とかげの尻尾切りを画策するんでしょうけど… 本格的な停戦交渉の開始を引延ひきのばしている間に、中核都市と侯爵の身柄は押さえたいわ」


「皆、真っ黒だね。私、もう一生、ただの魔導士で良いよぅ」

「性格的にも不向きだからな」


 よく言えば自由奔放で裏表がなく、悪く言えば直情的なレヴィアの触り心地良い赤毛をポフりながら、宰相も兼ねる父親の魔術師長ブレイズが後を継がせるのはこくかと、おっさん三銃士と出掛けた城下町の酒場でなげいていたのを思い起こす。


 あの時は “付き合いもおそろかにできない” と誘いに乗ってしまい、若かりし軍学校時代からの堅い絆で結ばれた重臣らの昔話についていけず、手持ち無沙汰となって普段は飲まない酒をあおり過ぎてしまった。


 明け方、魔術師サリエルと近衛隊が酒場に転がっていた俺を回収する運びとなり、酔いが醒めてから延々とイザナを心配させた件について叱られたのは記憶に新しい。


「…… 人を呼んでおいて、遠い目をされてもね」

「ん、それに漫然と撫でられても嬉しくない」


 どうやら添えた状態の手を無意識に動かしていたようで、髪型を乱されたレヴィアがいぶかしげに見詰めてくる。


 何とも言えない空気を咳払いで強引に誤魔化せば、意を汲み取ってくれた御令嬢が微苦笑して、れかけていた論旨ろんしを引き戻す。


「さっきの話だけど不測の事態に備えて、万全を期しておくに越した事はないし、私としては巨大騎士ナイトウィザードの整備を優先するつもりよ」


「分かった、此方こちらも足並みをそろえよう」

「良い判断だな、お陰で満足のいく仕事ができる」


 色好い言葉を受け取り、事あるごとに “整備不良の騎体で戦場に送り出して、死なれでもしたら寝覚めが悪い” とうそぶいているジャックス班長がきびすを返した。


「先ずは迂闊うかつにも乗騎を失った未熟な嬢ちゃんが、グラディウスを扱えるようにしてやらないとな」


「うわ、酷い言われよう。何とか言ってくださいよ、陛下!」

「俺達も整備班の仕事を増やしているからな、擁護は無理だ」


 大袈裟にからんできたリタの陳情を却下するも、お調子者な性格の女騎士はあっさりと引き下がり、去りゆく稀人まれびと技師の背中を小走りで追いかけていく。


「相変わらず、個性的な人材を集めているわね」

「うぅ、否定できない」


 耳に痛いニーナの一言で口籠くちごもったレヴィアを見遣みやり、密かに同意していたら馴染み深い駆動音が近づいてくる。


 その発生源には換装用の “左上腕部” と “左前腕部” を両腕にかかえた第一世代の騎体、クラウソラス改良型リファインの姿があった。


『持ってきましたよ、御嬢!』

「ありがとう、ベルフェゴールのそばに降ろしてくれる?」


『了解です。騎士国の方々、少し場所を融通して頂きたい』

『危ないですから、十分に離れてくださいね』


 両肩と脚部に埋め込まれた外部拡声器より、ゼファルスの騎士と魔導士の声が響き、王専用騎に取り付いていた整備兵達が算木さんぎを散らすようにばらける。


 ほど掛からずひらけた空間に旧式の改良騎が片膝を突き、緩やかな動作で左腕の部品二個をそっと置いた。


「かなり繊細な動作をさらりとやってのけるな」

「うん、魔導炉の出力調整とか、割と難しそうかも」


「ふふっ、うちの騎体乗りは他兵科との設営作業にも慣れているから、このくらいは朝飯前よ♪」


 またしても女狐殿は誇らしげに豊穣な胸を張るが、リゼルだと命懸けで最前線に立つ勇敢な者達を神聖視する傾向が強いため、戦闘以外で巨大騎士ナイトウィザードを用いるのは忌避されがちだ。


 もし専用のスコップなど作製して重機代わりにしたら、騎体適性が無いことを気にしているライゼスを筆頭にして、同様の理由で準騎士に選ばれなかった志願兵や国民の反感を買うことは避けられまい。


(近隣から戦乱の火種が消えるか、遠のくかしなければな……)


 現状では宗一郎爺さんに残してきたクラウソラスをあてがい、試作兵装の “零式斬騎刀ざんきとう” を鍛えて貰うのが関の山と言える。


 様々な場面を想定した騎体の有効活用は一朝一夕といかないため、思索を切り上げて有線式バーストナックルとやらに群がり、瞳をきらきら輝かせている双子のエルフ姉妹を視野に収めた。

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