第98話 女狐不在なれども、狸娘はここにあり!

『わゎ、なんか皆に凄く見られてるよ、クロード』

『どうやら、最後の一兵まで殺し合うつもりは無いようだな』


時折、騎士骨格フレームの微かな軋み音や、外部装甲の擦過音が聞こえる中で周囲を一瞥して、隣国の王とえども援軍に過ぎない立場で取りまとめて良いのか逡巡する。


やや気後れしていると、自領優勢の状態で暫定的な停戦に応じた友軍より、小破した突撃槍ランス装備のベガルタが歩み出てきた。


『西方派遣軍第二中隊長のエックハルト・フェルダ、本隊に於いては騎士長の補佐を務めております。戦場ゆえ、非礼は御許し願いたい』


『構わない、堅苦しいのは好きじゃないからな』


率直な態度で続きをうながせば、少し離れた場所で擱座かくざしている指揮官騎へ躯体くたいの疑似眼球を向けてから、現在の指揮系統について簡素な説明をしてくれる。


先ず思わぬ長距離砲撃により、領主ニーナ・ヴァレルが乗船する飛空艇 “Zeppelinツェッペリン伯爵” は安全のため小都市付近まで後退、領軍の全権を預かったアインストは四本腕の巨大騎士ナイトウィザードに倒され、文民出身の副官は後方部隊を指揮して事後の補給や修理に備えているとの事だ。


『結果、自分が臨時的に指揮権を預かっているのですが、敵将を討ったのは貴国の双剣つかい、差し出がましい真似はできないかと……』


慇懃な態度の裏側に責任を転嫁する意図など感じてしまうが、リグシア側にも主たる将校は残っていない様子なので、此方こちらから投降を呼びかけるべきだろう。


しと割り切って、残騎で半円陣を組みながら出方をうかがう敵勢に向き合えば、団長騎のクラウソラスL型から秘匿の念話回線が繋げられて、愛らしい外見に似合わず計算高い魔導士フィーネが入れ知恵をしてきた。


『陛下、ここは…… ですから… を優先しましょう』

『なるほど、国益に叶う』


『うぅ、私の幼馴染みが腹黒い、たぬたぬの狸娘だよぅ』

『ふふっ、褒め言葉だと思っておきますね、レヴィア』


ほがらかな物腰で切り返す亜麻色髪の乙女の提案を受け入れ、臨戦態勢にあるリグシアの者達と改めて対峙する。


どの騎体も大なり小なり損耗しており、当初の1/5程度まで数を減じて劣勢となっているため、よもや断るまいと思いつつ言葉を紡いだ。


『これ以上、殺し合いを続けるならただ私闘エゴだ。貴君らに投降を勧める』


『…… 不本意だが、受け入れさせて貰おう』

『こっちも犬死はしたくないんでね』


ある意味で予定調和な返答に理解を示し、抑揚な態度で自騎の首を縦に振らせてから、偶には王らしく威厳を込めて言い放つ。


『当代騎士王の名にいて皆の。まぁ、事が終わるまでは家族の安全もあるから、だがな』


言外にゼファルス領の女狐殿を関与させないよう宣誓して、貴重な人材を身内や騎体ごと抱え込む思惑も籠め、亡命オプション付きの待遇を確約する。


迂遠な言い廻しに引っ掛かりを覚えたリグシアの騎士や魔導士らも、銘々めいめいが都合よく解釈して乗騎の武器を投げ出した。


他方、ゼファルス勢の間では判断の移譲に関して、“早計だったのでは?” という空気が漂い始め、無言の非難がエックハルト中隊長へ突き刺さる。


『うぐっ、申し訳ない、クロード王… 言いにくいんだが、うちの御嬢やアインスト殿が怒ったら、口添えを願いたい』


『余り期待してくれるなよ、舌戦は不得手なんだ』


少なくともニーナに勝てる気はしないので軽くあしらい、投降してきた皇統派のグラディウスに駐騎姿勢を取らせた上で、全員乗騎から降りるように指示した。


疲れた表情の操縦者達が備え付けの昇降用ワイヤーペダルで平原に降り立つ姿を眺め、彼らの騎体が潜在的な脅威に該当しなくなるまで待つ。


円滑に推移していく状況を見守っていれば、警戒の目を光らせていたディノが何やら見つけたのか、改造騎ガーディアの片手を動かした。


鋼の指先が向けられた先には草葉色のフード付き迷彩外套を羽織った斥候兵がたたずみ、此方こちらに無骨な信号拳銃と薄緑の発煙弾を見せてくる。


『ゼノス団長、最低限の安全は確保されていると考えても?』

『そうだな、もう戦闘は終息している』


短い念話を交してからベルフェゴールに首肯させると、少しだけ見覚えのある相手は中折なかおれ式の特殊な拳銃を手際よく扱い、すぐさま直上に撃ち放った。


薬莢やっきょう底にめられた黒色火薬の爆発で紙筒が射出されると同時、内部にある導火線の燃焼にともなって推薬すいやくの化学反応も始まり、噴気圧力に押された筒頭つつがしらの落下傘が最高到達点で開く。


計算され尽した時間差により、最後はつたい火が収納されている発煙剤に燃え移って、十数秒ほど薄緑の色彩を空中に生じさせた。有効な視認距離は4㎞前後であるものの、つなぎの斥候兵を適度な位置まで出張らせているため、余程の事がない限りは気付いてくれるだろう。


『後方支援部隊の呼び寄せですか?』

『あぁ、森の浅い部分に潜ませている』


逆にゼファルス側はどうなんだと確認したら、少々言葉を濁したエックハルト中隊長はおおよそ四半刻で騎兵隊が、半刻あれば輜重しちょう隊が現着する筈だと教えてくれた。


『ん~、つまり発煙弾以外の連絡手段があるんだね』

『いや、その……』


敢えてお互い踏み込んでいないにもかかわらず、無遠慮にずばりと指摘したレヴィアの予想通り、歩兵が携行可能なサイズの小型念話機とかありそうだ。


信号弾の系統は位置を特定されるリスクがあるので、ニーナに交渉を持ち掛けて一台貰えないかと思案する。


(日本と同じく、リゼルの技師らは模倣と改良が得意だからな)


密かにの処遇を考えている内にも、森から出てきたアルド騎兵長麾下きかの部隊が先着して、ゼノス団長の指示でリグシアの者達を丁重に拘束していく。


それが済めば足の遅い荷馬車を有する輜重しちょう隊も追い付き、少し遅れてふわりと浮かぶ飛空艇の下、ゼファルス領軍の混成旅団に属する各隊が順次到着した。

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