第97話 決着、小都市ベグニッツ近郊の戦い

『傍観するしか無いのが口惜しい、せめて一太刀と思わなくもない』

『もうベルちゃんが限界だからね。勝手にとか始めてるけど……』


若干、引き気味なレヴィアの指摘に騎体へ意識を移すとフィードバックにより、凝固状態にある魔力液の瘡蓋かさぶたおおわれた脇腹や左剛腕の損傷部分に名状し難い熱量が宿やどり、治癒時の痛痒つうよう感が生まれていたのに気付く。


言われてみれば微細な速度であっても回復現象だと認識できるあたり、双子謹製きんせい自律AI式魔導核に毒されたベルフェゴールは “機械仕掛けの魔人マギウス・マキナ” に近づいているのだろう。


『古代エルフ族が編み出した制御技術は凄いな』

『ん~、原型たるオリジナル機械人形・マキナを開発した種族だからね』


疑似妖精ホムンクルスを錬成する術式の系統などとうそぶき、ミア&ミラが自慢していた姿など思い出しつつ疑似眼球の倍率を最大限に高めて、一足先に撤収して小さな点となっていく敵砲撃騎の生き残りを見遣みやる。


その動作を受けて此方こちらの盾となるべく、そばはべっていたゼノス団長のクラウソラスL型から、亜麻色髪の魔導士フィーネが落ち着いた声音を響かせた。


『陛下、私はまだ一度も搭載魔法 “ストーンヘンジ” を使っておりませんので、仮にさっきの騎体が補給を受けて有視界戦闘の圏内に戻ってきても、皆がする時間くらいは義父と共に稼いでみせましょう』


『リゼルの団長騎が殿しんがりを務めるのはどうかと思うが、当てにさせて貰おう』

『ははッ、適材適所ってことだな』


まさに常在戦場を体現しているのか、普段と変わらず呵々かか大笑した御仁や健勝な騎士らに護衛を任せて、敵勢の指揮官が搭乗していると思しき新型のグラディウスを獲物と定め、鋭く斬り込んだ双剣仕様のベガルタへ視線を転じた。



レインとザックスが駆る近接戦闘に特化したスヴェルF型の二騎を露払いにして、首級しゅきゅうを取りに行った月ヶ瀬兄妹ルナヴァディスの騎体が振るう右手の長剣にひるむこと無く、は左腕のシールドバッシュにて剣戟を弾き飛ばす。


衝撃をぎょしきれず半身が外側へ流れた隙に乗じて、残る右腕で鉄剣の刃先を鳩尾みぞおちへ突き立てるも、妹想いシスコンな騎士ロイドは左手に把持はじさせている短剣で軌道をらした。


『やるなッ、だが!!』


啖呵たんかを切ったリグシア領の騎士長がえ、新型騎を一歩踏み入らせて、縦に長いアームシールドの縁爪ふちづめ胸郭きょうかく装甲へ叩き込んでいく。


まともに喰らえば最愛の妹魔導士を道連れに即死、長剣で受ければ圧し折れる一撃も初動から先読みしていたのか、銀髪碧眼の騎士は悠々とベガルタを後方へ跳躍させて躱した。


『ッ、噂通りの炯眼けいがんだな、騎士国の双剣遣い』

『… 貴方もあなどれませんね、ヴァルフ卿』


もし、人違いなら恥ずかしいなと逡巡して掛けた言葉に応じるかのごとく、左腕の盾裏に隠しながら右腕を腰元へ伸ばしていた新型騎により、火薬の詰まった補助兵装のクラッカー二本がまとめて投擲される。


『兄様ッ!!』


短い会話で意識をらした上、何気ない素振りで繰り出してきた老獪な攻撃とエレイアの警鐘に突き動かされて、ほぼ反射的に照準を合わせてかざした乗騎の左袖下そでしたから、凝縮魔力の爆散によって特製の改良型ミスリル40%ワイヤーアンカーが飛び出した。


その切っ先は直線的な緩い弧を描く手投げ榴弾の片方にかすり、剛糸を一瞬で伝う雷属性の魔力に過熱された火薬が爆散して、もう一つと諸共に閃光や大量の小鉄球をらす。


『ッ、これもからめ手か!!』


他兵科への使用を前提にして、“如何に効率よく殺傷するか” という概念に基づいた武器ならば直撃しない限り、巨大騎士ナイトウィザードの装甲を貫通できないが、存分にてらった目眩ましとなる。


細めた瞳で両手持ちした得物を振り上げる新型騎など捉え、めの一歩と同時に落とされた刃金はがねをベガルタは鉄剣二本の交差防御で辛くも凌いだ。


『騎体でを殺す武器……』

『戦争に綺麗事なんて若いわね、御嬢さん』


背筋を寒からしめたエレイアに対して、リグシアの魔導士フィアナがあざけり含みの揶揄やゆを投げるかたわら、このまま押し切ろうと人工筋肉をたぎらせたヴァルフにあらがい、騎体の膂力りょりょくを瞬間的に上昇させたロイドは迫る剣身を僅かに押し返す。


その直後に力を緩め、刹那の早業で左脇の外へ受け流して、無防備になった新型騎の腹部へ右手の長剣を一閃させて切り裂いた。


あかい魔導液を噴かせたグラディウスMr-Ⅱが後退するも… 好機を逃すまいと月ヶ瀬兄妹ルナヴァディスの騎体がすがり、低い姿勢から突き上げるように左手の短剣で胸郭きょうかく装甲を穿うがつ。


『がはッ、済まな…い…フィア……』

『しょう、が……ないわ、ね』


打突の間際に回避をこころみた事から、即座の死だけはまぬがれた二人が最後に言葉を交して息絶え、彼ら専用の巨大騎士ナイトウィザードも魔導炉を止めて眠りにいた。


何か思うところがあったのか、勝利した側の妹魔導士がぼそりと呟く。


『… 万一があっても、私には謝らないでくださいね』

『あぁ、代わりに感謝でもするよ』


果たして落命の最中に可能なのかは棚上げしておき、もたれてきた騎体を払い除けつつも、大音量に調節した外部拡声器より銀髪碧眼の騎士が雄叫びを響かせる。


主副の指揮官を討ち取られ、数でも劣勢となっていたリグシア領軍の残党は攻撃の手を徐々に止めていき、ゼファルス領軍の騎士達も意図をんで退き下がった。


先程までの喧噪は何処へやら、双方ともに決定権を持つ者が撃破されているため、微妙な沈黙が一分以上も続いてしまう。


もはや敵味方関係なく、自然と各騎の視線はこの場で一番偉いと思われる騎士王の乗騎ベルフェゴールに集中していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る