第93話 もっと良い騎体に乗りたいだけの人生だった by 新任騎士のリタ

激しい衝撃が騎体をきしませて、金属の塊がぶつかり合う鈍い音がとどろき、踏ん張ったにもかかわらず重装騎の肩盾を前面にしたショルダータックルで弾かれる。


『ぐうぅッ!!』

『きゃああぁッ!?』


レヴィアの悲鳴が耳朶じだを打つ中で、即座に崩れたベルフェゴールの体勢を立て直せば、ふところに半歩詰めてきた重装騎が掲げた戦槌せんついを振り降ろす。


躯体くたいを活かした突撃で隙を作り、目掛けてを仕掛ける手際に歓喜しつつ、物騒な得物のポール部分に左剛腕を叩き込んで受け止めた。


『良いな、貴殿。命を削り合うに値するッ!』

『あぅ、クロードのスイッチが……』


何やら動力制御を担う赤毛の魔導士娘が不満げなのに反して、騎体に内蔵されている魔導炉 “獅子心王レオンハート” はにわかに出力を高め、騎士骨格フレームに張り巡らされた人工筋肉がたぎっていき… 今まで沈黙していた相手側の魔導士に声を上げさせる。


『ッ、押さえ… 切れないわ』

『馬鹿なッ、膂力りょりょくを上回るだと!?』


『女狐殿が鍛造して、双子エルフが研ぎ澄ませた刃金はがねだからな!!』


先史文明の “機械仕掛けの魔人マギウス・マキナ” に及ばずとも破格の性能をって、力任せに重装騎の戦槌せんついを払い除けながら踏み入り、右掌に把持はじしていたサーベルの護拳ナックルガードで顔面を穿うがつ。


さらに間髪入れず無骨な左拳のボディブローを胸部へ喰い込ませたが、初撃を受けた時点で重装騎は回避の動作に移っており、厚い装甲を多少陥没させてゆがめるに留まった。


その直後、退きに合わせて振り下ろされていた戦槌せんついの爪がせまり、拳打を放ったばかりの左剛腕に突き刺さって装甲が派手に砕ける。


『やってくれるなッ、ベルトラン卿!』

『貴様のすがままにはならん!!』


気勢と共に重装騎が左掌をかざし、密かに術式構築していたのだろう魔法の燐光を灯した。


不意打ち気味な近距離射撃ではあれども、守勢に廻れば次の行動が遅れると本能的に理解して斬り込み、魔法の核になる部分ごと鋼鉄の指をね飛ばす。


『ぐぅ!?』

『うぁ…』


短く呻いた操縦者らは重装騎の右足を下げさせて半身となり、左肩の大盾で追撃を警戒したが、此方こちらはサーベルの柄から右掌を離して盾縁たてふちに掴み掛かった。


無理やり手堅い防御をこじ開け、渾身の左拳を再度胸部へ打ち込んだ刹那、いびつな剛腕に搭載された延長用のバースト機構も発動させる。


先程の打撃で損傷していた装甲は二重ふたえの衝撃に耐えられず、不協和音を響かせて潰れ…… 重装の騎体グラヴィスは立ち往生のまま駆動を停止した。


『無情だな、手加減の余地がなかった』

『…ん、戦いだからね』


状況が少しでも違ったならたおされていたのは自分達であり、死力を尽くしたベルトランらにも失礼なので罪悪感などはいだかないが、胸に宿る寂寥せきりょういなめない。


中々に良い騎士達だったのを惜しみつつ、近接格闘の間も意識は配っていた周囲を改めて見遣みやる。


最後までエイドス領所属の敵騎と戦っていた満身創痍のクラウソラス三番騎も、何とか相手を追い詰め… 倒れ込むように突き出した鉄剣で腹部装甲を貫いた。


『身内の損害は中破と大破が一騎ずつか……』


『すまん、新任騎士らに経験を積ませたかったんだがな』

『助勢する機をいっしました、陛下』


朽ち果てたグラディウスのそばに兵装の大剣を突き立て、申し訳なさそうな声を響かせたゼノスとフィーネの団長騎から視線を転じ、擱座かくざしているクラウソラス二番騎の損傷度合いを一瞥いちべつする。


胸郭きょうかく付近に勢い余って折れた薙刀グレイブの穂先が深く刺さり、血液たるあかい魔導液を滔々とうとうと垂れ流していた。


『生きているか、二人とも』


『うぅ、無念です。旧式騎のせいで死んじゃう… もっと良い騎体に乗りたいだけの人生だった』


何処となく声音に痛々しさがある以上、操縦席の内部に飛散した破片などで負傷しているのかもしれないが、巫山戯ふざけ台詞せりふかんがみるに大丈夫だろう。


取り敢えず一息吐けば、相方の女騎士に呆れた魔導士の溜息と重なる。


『不覚を取ったのは未熟が原因です、俺達のことは捨て置いてください』

『騎体は後で回収する。放棄していい、転移の魔封石を使え』


『承知しました、リタと一緒に森側へ脱出します』

『草葉の陰から皆の活躍を見守ってますね』


“墓の下” を意味する大和やまとの慣用句など枕詞まくらことばにした質の悪い諧謔かいぎゃくで応援され、少しだけ昇格させる準騎士の選定基準に疑問を感じていると、裂かれた騎体装甲の隙間から微量の魔力光が零れて消えた。


図らずも魔封石の発動を確認した後、風に乗ってきた鉄塊を打ち合う硬質な音に誘われ、数百メートル先の平原で交戦しているリグシア領の軍勢に傾注けいちゅうしていく。


此処ここから魔法の一斉射撃ができると楽なんだけど……』

『兄様、それでは女狐殿の手勢を巻き込んでしまいます』


『あはは、御免ごめんね。あたしもさっきそんな感じでろくな援護ができなかった』

『精々、距離を詰める際の手助けが可能だった程度です』


後方よりスヴェルS型二番騎を上がらせてきた琴乃の声がロイドとエレイアの会話に割り込み、同型一番騎からの言葉も添えられて僅かな沈黙が降りる。


『…… また白兵戦が確定なんだね。うん、分かってたよ』

『もう一仕事だな、レヴィア』


休む暇もなく数的劣勢を強いられる友軍のため、継戦できそうにないクラウソラス三番騎にも退避を指示してから、健在な八騎を率いて加勢に向かった。

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