第94話 白兵戦まであと何マイル?

しばしの時をさかのぼり、騎士国の軍勢が皇統派の一角と戦端を開いた直後……


先陣を切っていたの騎士長アインスト・レンベルクは薄く微笑み、自騎に照準を追尾させていた砲撃騎の内、片方が爆散する光景を眺めていた。


『あの稀人まれびと、やはり信頼できる』


突発的な爆発を同盟関係にある騎士王クロードの仕業と考えながら、念のためベガルタL型を横っ飛びさせると同時に右腕も振るい、中型盾の裏に仕込まれていたスローイングナイフを斜め上空へ全力で投擲とうてきする。


はたから見れば滑稽こっけいだが、落下までの数秒間に残存する敵騎がはしらせた魔導砲のは大きくれて、属性魔力の付与でにある軽硬化錬金製のナイフを意味なく射抜き、騎体に深刻な影響が生じない範囲で側雷撃を発生させた。


『… 流石は筆頭魔導士のエリザ殿ですね』

『即座の対応、見事の一言に尽きます』


初見しょけんで雷属性に気付けたのとアインストの技量、あとはニーナ様のおかげね』


僚騎りょうきからの称賛に謙遜した鳶色とびいろ髪の魔導士は領内の主要施設インフラに対して、博識な領主令嬢が “避雷針” なる物の設置を指示したおり先行放電ストリーマの現象に関して聞きおよんだ経験がある。


偶々、扱える魔法の属性がだったので興味深く拝聴して理解を深めた結果、彼女が考案した貫通力の高い直雷撃を避ける浮遊雷球の魔法と、側雷撃をしのぐ魔法障壁の併用は防ぎ難い雷撃魔法の対策として魔術師らに広まっていた。


巨大騎士ナイトウィザードで実践する場合はの魔法しか搭載できないので、雷属性の魔導核を埋め込まれている事が前提条件となり、基本的な機能の応用で準備した誘電体を投じる他ない。


『タイミングとか際どいから、もう御免被ごめんこうむりたいけど……』

くだんの補助魔導核とやらが完成したら、話は別だがな』


おもむろにアインストが言及したのは出向させているジャックス技官らを通じて、騎士国から自領にもたらされた研究開発中の新技術であり、実用化すれば騎体性能を一段階引き上げてくれる筈だ。


密かな期待など抱きつつも魔法術式の構築をエリザに頼み、彼は歴戦の騎体と共にベガルタL型を通常魔法の有効射程まで踏み込ませ、着実な効果を狙う相手方との我慢比べチキンレースに興じていく。



先に動いたのは “滅びの刻楷きざはし” に属する異形種と交戦した経験が少ないで、陣頭指揮を執るヴァルフ・ベルガーの号令に前衛組の騎体が従い、一斉に豪焔弾やら連風刃などを撃ち放った。


相対距離にして約600mでの第一射は次を意識したものだろうが… 多少の距離があるため中型盾の突破はままならず、受け流されてしまえば損傷を与えがたい。


『ちッ、効果が薄い! 前衛は第二射の準備、後衛は連中の動きを見逃すな!!』

『『『承知ッ!!』』』


悪態を吐いた精悍な武人はすぐさま現状に対処するも、人工筋肉経由で間接的に繋がる魔導士フィアナは焦りを感じたのか、グラディウスMr-Ⅱの後部座席から静かに語り掛ける。


『エルネア達の言ってた通り、決め手はなのかもね』

『だが、事前に与えた微細な損傷が勝敗を分けるのさ、個人戦でも集団戦でもな』


常日頃から考えている持論を口遊くちずさみ、いつもの雰囲気をヴァルフがまとわせたところで、距離300~360mに迫ったゼファルス領軍の複数騎が片腕を突き出す。


秒に満たない刹那の時間を稼ぐため、判断を委ねられていた後衛組の魔導士らが呼応して、騎士達が身構えさせている乗騎より防御系の魔法を発動させた。


自陣の手前には複数本の巨大石柱ストーンヘンジが瞬時にそびえ立ち、隙間を埋めるような半透明の浮遊障壁が幾つも顕現けんげんして… 受け止めた射撃系の魔法で破壊されていく。


石礫せきれきが近くにいた騎体の装甲など傷つけるかたわら、光り輝く稲妻が前衛一騎を穿うがち、側雷撃で右隣にいた僚騎りょうきの左半身も蒸気爆発させた。


『ッ、護りが抜かれたのか!』

『それでこの威力かよ!?』


『… 魔女エリザの “裁きの雷ジャッジメント”』


規格外の効果に後衛組の者達やフィアナが息を呑み、皇統派の内部での右腕が冷徹な騎士長アインストなら、左腕だと噂される才媛が編み出した固有魔法の名を呟く。


相棒の魔導士から伝わってきた驚きには同意すれども、リグシア領軍の騎士長たるヴァルフは動揺を見せる訳にいかない。


前衛組の行動を阻害しないよう、術者らの手で即座に砂礫されき化されて大地へ還る石柱の先、後数秒もすれば剣戟が届く範囲に迫ったゼファルス領の騎体を睨み付けた。


『第二射放てッ!!』


果敢な指揮官の声に応えた十数騎のグラディウスが魔法射撃を敢行する最中、たおされた前衛騎越しにナイトシェード・羅刹も四本腕を構え、全ての掌から豪焔弾を解き放つ。


『借りは返させて貰うぞ、女狐……』


本侵攻にける副官レオナルドの信念を示すかの如く、燃え盛る火球は僚騎りょうきの攻撃で浮遊障壁を剥がれた二騎のベガルタに着弾して、燐光をまとう盾ごと左腕や脚部を破砕したが…… 大半の魔法は新兵装らしき面妖な盾にはばまれてしまう。


歩速を落としたのも束の間、数的不利などいとわず吶喊とっかんしてくるニーナ・ヴァレル辺境伯の手勢を迎え撃つため、白兵戦に挑む各騎が得物の刃を正面に向けていく。


『総員突撃ッ!!』


戦場に響き渡る命令を聞くやいなや、先駆けて前衛組にまぎれ込んだ複腕騎が鉄槍の刺突を躱しながら、なおもタックルなど試みる相手騎体の首元に右主腕の鉄剣を突き刺し、右副腕の短槍で黒塗りの胸部装甲も貫いて確実に仕留めた。

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