第66話 骸の騎士再び

 脇腹付近に魔弾を喰らった公国騎は既にくずおれており、左太腿に被弾した方の騎体は血色の魔道液を撒き散らしつつも、片膝立ちで姿勢を維持している。


『ちッ、先を越されたか、撃て!!』

『『『了解ッ』』』


 苛立ちを含むヴィクトの声に麾下きかの各騎が応じて、初撃に備えて発動段階で維持していた属性魔法を一斉に撃ち放った。


『クロード王、俺達もッ』

『時間差を持たせる。前列は屈めッ』


 はやるディノを抑えて、ひざまずいた僚騎の頭越しにベルフェゴールの左剛腕を突き出せば、攻撃直後で障壁防御が間に合わない魔術師型の巨大骸骨ヒュージ・スケルトンを庇うため、ディサウルス達が身を挺して射線上に割り込む姿が疑似眼球に映り込む。


 対大型種用に威力重視で搭載したと思われる豪焔弾や豪風刃を受け、叫び声を上げた恐竜数匹が倒れ込んだ機に乗じて、此方こちらも再び垣間見かいまみえた厄介な標的に狙いを定めた。


『今だッ、撃て!』

『切り裂いて、エアバレット・バーストッ』


 周囲へ響かせた指示にレヴィアが即応して構築済みの魔法を発動させ、自騎の左掌より炸裂風弾を射出する。


 ほぼ同時に前列のエレイアやリーゼなど他の魔導士達も収束させていた魔力を開放し、各騎が搭載している攻撃魔法を巨大骸骨に撃ち込む。

 

 多種多様な射撃系魔法の中には大型種未満を想定した範囲重視の光散弾なども含まれるが、それらは渾然一体となって、魔術にすぐれる代償で防御力は乏しい異形の骨格を削り砕いた。


「「「ウァア……ァァアァ…………」」」


 空気振動による怨嗟えんさの呻きを上げ、自重に耐えられなくなった哀れな骸骨数体が土埃を巻き上げて崩落する最中、左右後列から複数の矢が風切り音を鳴らして飛び去っていく。


 二騎のスヴェルが連射した計四本のうち、一本が狙い違わず未だ健在な個体の頭蓋骨に刺さり、くさびに付与された属性魔法 “フレイム・ボム” が炸裂した。


「アァッ……」

『ん、初撃破かな?』


 聞こえてきた琴乃の言葉通り、頭部を破壊された外套姿の巨大骸骨が一瞬だけ硬直した後、躯体くたいの維持に必要な魔力循環を断たれて倒壊する。


 その傍らでは彼女の僚騎が放った矢を受けたディサウルスの右太腿が凍り付き、上手く身動きができずに足掻いていた。


『氷結も便利そうね』

『うぅ…… 浮気、良くない』


 不満げな騎体付き魔導士イリアの声も拾いつつ敵勢をうかがうと、先陣に立つ十数頭のディサウルスが再び駆け出し、後列の魔獣達も引き連れて彼我の距離を詰めてくるが……


『ギャウウゥウ!?』


 此方こちらよりも外側に動いていたバルディアの騎士小隊が石散弾の魔法を撃ち込み、恐竜二頭の横腹を穿うがって前のめりに倒れ込ませた。


 それでもなお肉迫してくる大型種の異形達に対して、騎体が動けるだけの間隔を設けた半円陣となり、僅かに後退しながら迎え討つ。


『無理に踏ん張るなよ、引き込んで数を減らす』

『囲まれると厄介だからね、良い判断だと思うよ』


 平時と変わらぬ調子で友人でもある騎士王に応えたロイドが騎体ベガルタを後退させ、噛みついてきたディサウルスの大顎おおあごを躱す。


 さらに上体を起こして振り抜かれた凶悪な右爪も交差させた双剣で受け止め、十分に威力を削ぎ落してから、ひらめかせた左鉄剣で巨大な恐竜の喉元を深く切り裂いた。


「ガフッ、ギグウゥア!?」 


 痛みと動揺で暴れ出した恐竜に対してアッシュグレイの騎体が少し距離を取り、間髪入れずに繰り出した右鉄剣を脳天に突き刺せば、絶命して力を失った巨躯が地面にたおれていく。 


『ッ、次が来ます、兄様!』

『あぁ、分かってるよ』


 短く言葉を交わした銀髪碧眼の兄妹が駆る騎体に巨大虎の魔獣サーヴァエルが飛び掛かり、爪牙そうがと双剣がしのぎを削っていた頃、彼らより遅れてディサウルスの一頭を斬り伏せたディノ達の騎体ガーディアにも同種の魔獣が迫っていた。


 それは騎体の右側に抜けると見せかけたフェイントを織り交ぜ、武器を持たない左側に抜けて斜め後方から横腹に噛みつこうとするが、この場合は相手が悪いとしか言えない。


『消し飛びやがれ、畜生がッ』

「グォアッ!?」


 振り向きざまに改造カスタム騎専用の中型盾が叩き付けられた刹那、反応装甲の数個が爆散して不運な巨大虎の頭部を一瞬で吹き飛ばした。


 騎体特性を上手に活かした戦い方ではあれども、貴重な火薬を遠慮なく消費するディノに手堅い性格のリーゼが思わず愚痴る。


『その内、請求書が送られて来たりしないかしら……』

『知るかよ、クロード王が何とかするだろ』


 などと軽い調子で押し付けられた当人と言えば…… 吶喊してきた巨大な恐竜を相手取り、鋭い牙を躱しながらも騎体に振るわせた白刃で屠ったものの、異形の群れに紛れて斬り込んできた甲冑姿の単眼騎に押し込まれていた。


『会エテ嬉シイゾ、リゼルノ騎士王!』

『…… 骸の騎士か』


『イザナ様が言ってた空気を読まない不埒者だね』


 多少の軽口を叩きつつも、自騎に同乗するレヴィアが魔力炉の出力を上げていくのに合わせ、騎体ベルフェゴールの無骨な左掌も添えた魔導錬金製サーベルで受け止めている黒刃を押し戻す。


 呼応した相手は嬉々として単眼騎の両腕に力を籠めてくるが、不利な土俵で勝負してやる義理など無いため、その膂力りょりょくも利用して一度後方へ飛び退いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る