第67話 戦場にて刃を振るう

 なおも追いすがってきた単眼騎は振り抜いた大剣の切っ先を地面に擦りつけながら、強烈な逆袈裟の切り上げを繰り出してくる。


「斬ッ」

『ッ、喰らうかよ!』


 連撃に即応した俺はベルフェゴールの右足を斜め後ろに退かせ、騎体を旋回させると同時に腰も落とし、右腕に備えられたアームシールドを迫る黒刃に叩き付けた。


 金属同士の激しい衝突音が鳴り響く中、想像以上に高威力だった斬撃で腕盾が損壊し、腕部まで黒刃が喰い込んでいく。


『ッ、うぅ……』

こらえてくれ!』


 感覚共有による激痛で呻くレヴィアに一声掛け、低くなっていた騎体の姿勢を戻しつつ、下方より左剛腕の拳を単眼騎の顎先目掛けて打ち込む。


「ガッ!?」


 狙い違わず直撃させた拳撃で相手を怯ませ、さらに操縦席があると思しき胸部にサーベルの切っ先を突き入れるが、紙一重で大剣の柄を手離した単眼騎の右腕で払い除けられてしまう。


 暫時の攻防に区切りを付けて近接状態から飛び退けば、籠手のような装甲を切り裂かれた敵騎から、隠せない愉悦含みの笑いが響いた。


「良キかなッ、コノたぎリ、生ヲ実感スルゾ!」

『貴方、不死者でしょうッ!』


 苛立ちを含んだレヴィアの声が耳元で聞こえたものの、骸の騎士が言わんとする事は武人として、少しくらいは理解できてしまう。


 ただ、“刹那の剣戟に懸ける修羅”となるのは一興なれども、国元の魔術師長ブレイズに託された一人娘を道連れにして散ることなど論外だ。


『有難くも、厄介なことだなッ』


 踏み込んできた単眼騎に応じて騎体右脚を斜め後方に運び、振り下ろされた大剣をサーベルの剣身で受け流してから、脚部関節へと下段切り払いを放つ。


 その斬撃は惜しくも強引に飛び退いた相手の装甲を刻んだに過ぎず、今度は此方こちらが攻撃直後の隙を狙われてしまった。


「ハッ、楽シイナ、騎士王!」

『否定はしないッ!!』


 咄嗟とっさに突き込まれた黒刃を切り上げてらし、自騎の左肩装甲を削らせる程度で避けて、お返しとばかりに淡く輝いた左拳を単眼騎へ叩き込む。


『ッ!? 瘴気ノ浮遊盾』

『切り裂いてッ、エアバレット・バースト!』


 奇をてらって打撃に乗せたレヴィアの炸裂風弾は不定形な黒盾に阻まれながらも、至近からの威力で破砕して脇腹を切り裂いた。


 それでも血液たる赤い魔導液を撒き散らして後退した敵騎てっきは止まらず、寧ろ人工筋肉を滾らせて嵐のような連撃を放ってくる。


呵々かかッ、追イ込マレテカラガ、“機械仕掛ケノ魔人マギウス・マキナ”アルゴルノ真骨頂ダ』

『ぐッ、面倒な奴め!』


 純粋な膂力だと相手に分があるので位置取りを変えつつ、腕力任せの猛攻をしのぎ続けるが…… 過負荷に晒された騎体は徐々に軋みを上げていく。


……………

………


 他方、周囲で大型種の異形達を相手取っているリゼル所属の騎士達も苦戦の最中にあった。


 単眼騎とほぼ同時に姿を現した“機械人形マキナ”レブナントが時折後方から低空へ浮上し、遠慮なく複数の魔弾を射出してくるため、落ち着いて眼前の敵に集中できない。


『もうッ、鬱陶しいわね!』

『落ち着いて、コトノ』


 騎体付きの魔導士イリアいさめられて一呼吸挟んだものの、敵勢の背後に隠れて魔法構築を済ませ、場所替えして浮かび上がる敵騎てっきを狙うのは至難の業だ。


 手持ちの矢で牽制するしかできない彼女を仇笑あざわらうかのように、再び浮揚してきた異形の騎体が二つの魔弾を撃ち出す。


『兄様ッ』

『ん、面倒だね』


 すくい上げるような巨大虎の噛みつきをサイドステップで躱し、アッシュグレイの騎体に双剣を振るわせようとしていたロイドが諦め、斜め後方に魔弾を避けた。


 その際に体勢を崩す仕草も織り交ぜておくと、釣られた相手が着弾後の砂塵を割って飛び込んでくる。


「グルゥアァァアァッ!」


 宙空の巨大虎は渾身の力で左右の獣爪を振るい、勢いのまま自重で獲物を押し倒そうとするが…… そこに騎体ベガルタの姿は無い。


『誘いに乗ったのだろうけど、軽率だよ』


 冷めた言葉と共に横合いから無防備な眉間へ鉄剣を突き刺し、魔獣サーヴァエルを仕留めた銀髪碧眼の兄妹と対照的に、魔弾で左脚部を損傷していたクラウソラス二番騎からは切迫した声が響く。


『駄目だッ、さばき切れない!』

『べアルド、転移で脱出しッ、きゃああッ!?』


 精彩を欠いた騎体が巨大虎の動きに翻弄され、右側面からの突進を腰部に受けて倒れ込んだ。それが致命的な隙となり、強靭な大顎と鋭い牙で騎体胸部を砕かれてしまう。


『ふざけるなッ!』


 共に鍛え合った友人の絶叫に怒鳴り声を上げ、対峙するディサウルスの足を槍撃で払ったレインの四番騎が斜めに飛び退すさり、未だ僚騎りょうきに喰らい付く魔獣の頭部を鉄槍で穿うがった。


『ギッ、ア… アァッ……』

くたばれッ』


 若干の冷静さを欠いて、死に逝く魔獣に意識を奪われた彼女の騎体に向け、初手の攻防を潜り抜けていた魔導士型の巨大骸骨ヒュージ・スケルトンが錫杖をかざす。


『ッ、あぁああ!?』

『うぐッ』


 深く頭蓋に刺さった鉄槍を手放し、迅速な回避行動を取った四番騎の左腕に魔弾が直撃して、レインは魔導士共々に苦痛の声を漏らした。


 結果的に丸腰となった彼女の騎体を狙って新たな巨大猪の魔獣が肉迫するも、それは後輩の援護に入ったディノの改造カスタム騎が横腹に銃剣を突き刺して仕留める。

 

 段々と消耗戦の様相を呈しつつ、他国も含めた騎士達の奮戦により彼我ひがの戦力差が縮まっていく中で、単眼騎と切り結ぶベルフェゴールは…… 大小様々な傷を無数に負いながらも、密かに内側で魔導核の輝きを増大させていた。

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