第65話 首都ヴェルン近郊の戦い

 そこで野営準備を始めた公国軍第一連隊の護衛に付き、一通りの設営が終わってからは彼らが夕食を済ませるまでの見張り役も買って出る。


 騎乗するベルフェゴールの向きを少し動かすと夕暮れ時の仄暗ほのぐらい中で集まり、幾つかの小集団となって腹を満たす兵達の姿が疑似眼球に映り込んだ。


『あの湯煎ゆせんしてる缶詰って、やっぱりアイウス帝国産なのかなぁ』

『もっと言えば、ゼファルス領からの供与品だろう』


 何気なく掛けられたレヴィアの言葉が引き金となり、ニーナ・ヴァレル本人から聞いた昔話を思い出す。


 前領主に拾われた当時の彼女が冬場に備え、領内に広めた缶詰は瞬く間に周囲へ伝播していき、今や騎士国でも作れない事は無いが……


 先ほど垣間見えた薄いブリキ製の軽量かつ蓋を開けやすい逸品は女狐殿のお膝元でしか生産できない。


『ね、私達は何の缶詰食べる?北海産たらの煮付けとか食べたいなぁ~』

『内陸の騎士国だと海魚は頂ける機会が少ないからな』


 因みに缶詰自体は同様の物が二人分あるので、別々に好きな物を食べれば良いものの、彼女の口振りだと合わせた方が食事中の話は弾むかもしれない。


 そんな事を考えながらもレヴィアと当たり障りの無い言葉を交わしていたら、近場にいた双剣の騎体ベガルタから秘匿回線でロイドの念話が届いた。


『クロード、敵方の夜襲はあると思うかい?』

『そうだな…… あるなしの二択なら五分五分だろう』


 周囲に聞こえない会話なので気安く呼び掛けてきた銀髪碧眼の優男に対して、単純に数字的な部分だけを指摘すれば、かさず彼の妹魔導士エレイアが突っ込みを入れてくる。


『私見ですけど、外敵がほとんど存在しない中型種以上の異形達は基本的に昼行性ですから、相手方も夜戦は選び難いと思います』


『ん、私も今夜は大丈夫だと思うよ』


 などと銀髪と赤毛の少女達は楽観的だが、甘い見通しは致命傷になり兼ねない事を忘れてはいけない。さっき“五分五分”という表現を用いたのはあくまでも客観性を失わない為だ。


『二人とも夜間の襲撃は想定していた方が無難だぞ』

『僕も同意見だよ、油断は禁物だからね』


『あぅ、兄様の迂遠うえんな念押しに引っ掛かったのです』

『ロイドさん、それが言いたかったんだ……』


 やや不満げに呟いたレヴィアの声を聞きつつも、気を引き締めて暫時の警戒に当たり…… 公国側の騎体と交代した後は借り受けた天幕で一夜を過ごす。


 結局、深夜に来訪してきたのはバルディア所属の四騎小隊ぐらいであり、寧ろ歓迎されるべき者達だった。



 そうして一夜明け、“滅びの刻楷きざはし”を首都圏手前で迎撃するための陣形を整えてから程なく、地平線から姿を現した異形の軍勢に藍髪の騎士が悪態を晒す。


『ちッ、結構いやがるな』

『厳しい展開になりそうだけど大丈夫、コトノ?』


『うん、私は後衛だからね、弓道やっていて良かったかも?』

『……こっそりと狙い撃つ』


 火蓋が落とされる束の間、改造騎ガーディアに騎乗するリーゼが後輩ペア気遣きづかえば、無理に平常心を保とうとするような返事が戻ってきた。


 少しだけ心配な気持ちが増した彼女は内心で溜息を吐き、内部回線に切り替えてディノに語り掛ける。


『後ろに抜けられない様に注意しないとね』

『分かっている、善処はするさ……』


 僅かに瞑目して応えながらも、無謀な行動に大切な相手を巻き込まないように彼が自身を戒める中、公国軍の各銃兵隊が発砲して先駆けの小型異形らに鉛玉を喰らわせた。


「「ギャウゥウッ!?」」

「「グォオオォアアァッ」」


「前列後退しろッ、次列は射撃準備だ!」

「「了解ッ、来るぞ!!」」


 前後を入れ替えようとした各隊目掛け、たおれ伏した同胞はらからを乗り越えてきた魔獣の背上より小鬼兵達がクロスボウの矢を放つ。


「ゼクトレス、ヴァズア! (舐めるなよ、猿どもが!)」

「ギゥレィアァァッ (死に晒せやあぁぁッ)」


「「ぐうぅッ!!」」

「うあぁッ、血、血が……ッぅ」

「ま、待って……くれ、なんで… ぶはッ」


 動き易さと費用の都合で軽装な銃兵らをやじりが穿ち、当たりどころが悪かった者達の命を掻き消していく。


 第二射がままならない状況に対応して、各隊の隙間を抜けた槍兵隊が前面に出ていくのを眺め、今回が初陣の琴乃は思わず悲鳴染みた声を上げてしまう。


『蔵人、早く援護をッ、人が死んでる!』

『落ち着け、俺達の相手は大型種どもだ』


『先ずは正面のディサウルスを迎え撃つ!』

『『うぉおおおぉッ!!』』


 第一連隊を指揮するヴィクト卿の号令一下、公国側の騎体が前方で小型種と戦い始めた兵卒達を避け、左側から廻り込んで大柄な恐竜に立ち向かっていく。


 此方も右側から廻り込んで迎撃しようとすれば、敵勢の前衛達が徐々に足を止めて地に伏せ、露となった後衛の魔導士型ヒュージ・スケルトン達が淡く輝く錫杖をかざした。


「「ォオオオォ……」」


『ッ、総員伏せろッ!』

『大地の加護を……』


 咄嗟とっさに各騎が防御姿勢を取るのに反して、地面へ左掌を突いた団長騎よりゼノスの大声が響き渡った直後、義娘のフィーネが得意の土属性魔法“ストーンヘンジ”を発動させる。


 幾本もの巨大石柱が瞬時にそびえ立って半円状の防壁を形成し、飛来する全ての魔弾を受け止めた上で砂塵となって崩れた。


『…… 有用性が高そうな魔法だな』

『そうだろう、陛下。自慢の義娘だからな!』


『褒められても、あと一回くらいしか使えませんよ?』


 澄ました栗毛の少女が謙遜すれども防御効果は高いらしく、騎士国の面々が無傷なのにも拘わらず、公国側の状況をうかがうと運悪く二騎が被弾していたようだ。

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