第41話 久し振りの我が家(王城)へ

『城に戻ったら、また忙しくなるな……』

『そうだね、クロード♪』


 零れた呟きを拾い、どこか嬉しそうに応えたレヴィアが上機嫌な理由は明瞭だ。ひと月に及ぶほど離れていた王都エイジアが近いからだろう。


 何気なく王専用騎となったベルフェゴールの疑似眼球を動かせば、瞳に投影される整備兵達も少々浮かれ気味だ。そんな雰囲気もあってか、新参の教導技師達も彼らと難なく打ち解けていた。


『これなら開発も円滑にいきそうだ』

『うん、国産の騎体は楽しみだよぅ、操縦者選定とか大変そうだけど』


 当面は第一世代以上、第二世代未満に分類される巨大騎士を独自生産して、騎士団の戦力を補強する予定になっている。


 従って候補となる準騎士や準魔導士達の名誉と昇格をけた競争が始まる訳だが…… 騎体適性の都合があるので、最悪の場合は良い人材がそろわない事もあり得る。


(まぁ、初期生産分の操縦者は何とでもなるか)


 幸いにも騎士国と名乗るだけあって軍部に所属する将兵の質は高く、此方こちらを当てにする腹積もりのニーナから急かされた最低限の戦力増強は実現可能だろう。


『いざという時の備えは必要でも、使わずに済めば最良だがな』


『“戦わずして勝つ”って事かい、確か孫子だったかな?』

『それで間違いありませんけど、思えばおかしな格言ですね』


 騎体の発声器で話し掛けてきたロイドに対して、肯定しつつも疑問を挟んだエレイアの言う通り、よくよく考えたら分かりづらい部分もある。


『戦わないと勝てません…… ですよね、クロード様』

『恐らく、戦闘以外の要素で勝てという事だ』


『でもそれだと、結局は武力以外で戦っています』

『あぁ、言葉自体の話なんだな』


 一瞬だけ、何故“物理的に戦わずして勝つ”と書かなかったんだと、孫子に突っ込みを入れて、少々理屈っぽいエレイアにあくまで限定的な“戦い”の意味だと説明しておいた。


おおむね理解できました、ありがとう御座います♪』


 声音こわねからに落ちた様子が伝わり、会話の区切りが付いたのを見計らって、騎体に同乗するレヴィアがぽつりと想いを零す。


『やっぱり戦闘しないで済むなら、それが最良だよね』

『確かにそうだな……』


 先日が初の対人戦だったのは彼女も同様らしく、軍事組織に属する上での覚悟はあったとしても、戦いの緊張と興奮が収まった後は多少塞ぎ込んでいた。


 此方こちらにしても無邪気に木刀を振っていた幼少期など、何も考えずに武士になるなんて言っていたが、真剣を持って敵対者と対峙するのは重圧をともなう。


 ただ、避けては通れない戦いも往々おうおうにあり、降りかかる火の粉を払うにはやむを得ない。


(先ずは軍備拡張が急務だ)


 状況次第では、女狐殿のように周囲の反感を買う羽目になるが、上手く立ち廻れば害意を思い留まらせる抑止力にもなる。


 加えて、“滅びの刻楷きざはし”の脅威に直面している幾つかの国々はニーナの優先的な支援を受け、既に独自の巨大騎士ナイトウィザードを実戦配備し始めているため、リゼル騎士国が遅れを取るのは良い気がしない。


『…… 技師達には頑張ってもらわないと』

『鍛冶師や錬金魔術師もだね、僕はソウイチロウさんに期待かなぁ』


 声を弾ませてロイドが名指したのは稀人まれびとの刀鍛冶で、将来的に騎体用の日本刀を作りたいと自ら売り込んできた初老の人物だ。


 何やら玉鋼たまはがねに似た特質を持つ錬金素材を開発し、鍛冶師仕様のクラウソラスで鍛造たんぞうするとか、意味不明な事を言っていたものの…… 当面は普通の騎体用武装を作ってもらう事になるだろう。


 その事を本人に伝えたら、取り敢えずは騎士王が腰に帯びる太刀を打たせてくれとの事になり、ちゃっかり便乗したロイドは自身の分も頼んでいた。


『ふふっ、これで憧れの太刀が……』

『当家の古文書に記載されていたアレですね、兄様』


『やけに嬉しそうだな』

『僕も元をただせば柳生の血筋だからね、ずっと興味はあったのさ』


 く言う俺も、西洋式の両刃剣より日本刀の方が手に馴染むため楽しみだったりする。


 少々浮かれた気持ちが共に騎体ベルフェゴールと同化した相棒へ伝播でんぱして、不意にレヴィアが問いただす。


『ねぇ、そんなに良い物なの? 太刀ってさ……』

『結局はつかい手と用途次第だよ』


 この身に刻んだタイ捨流は甲冑を想定した剣術故に、扱う刀の中には5尺3寸(約160㎝)に及ぶ大太刀も存在しており、左甲段の構えから打ち下ろせば武者鎧ごと相手を叩き切ることも不可能ではない。


 現物を見れば分かるが、長くて太い業物は西洋剣よりも頑丈で重く、用途も江戸時代の着流しを前提とした太刀と違って、重量で“叩き切る”西洋剣に通ずるものがあった。


『…… それって、私の身長くらいあるんだけど』

『正直、鞘から引き抜くのすら大変だぞ』


『何のためにあるんだよぅ、そんなの』


 若干、呆れた声で彼女が苦情を漏らせども…… 俺の爺さんは勢いのままに業物を引き抜きながら、手に余る鞘を途中で投げ飛ばし、き身となった刃で樹木の幹を一刀両断していた。


(昔は憧れてたんだけどな、人間の枠を踏み外してやがる)


 “儂の背中を越えてけッ、蔵人くろうど”などとうそぶいていた姿が脳裏によぎり、乾いた笑いが漏れてしまう。


『急にどしたの?』

『唐突に笑われると気持ち悪いです』


『いや、何でも無い』


 少女二人にそう返して、隊列の後ろに付いているディノの騎体へ念話装置を繋げる。


『用件はなんだ、クロード王』

『帰還したらクラウソラスL型改の慣熟試験だな、模擬戦とかどうだ?』


『……………… 断る』

『そうか』


 以前に借りは返すと言われた経緯から、こじれた関係を改善する目的で投げた言葉は敢無あえなく否定された。一応、騎士団の職務上で必要なことは応じてくれても、踏み込んだ内容は拒否されるのが常だ。


『気を悪くしないでね、 意固地になってるだけで人畜無害だから』

『分かっているさ』


 少々皮肉がいたリーゼの言葉添えに返事しつつも、遠くに見えた王城とフィアレス大聖堂を目指し、随伴ずいはんする騎馬兵や荷馬車の速度に合わせて騎体の脚を動かしていく。


 やがて郊外の田園風景を抜けると都市防壁の北門へ辿り着き、騎体よりも低い壁越しに久し振りの街並みが見えた。



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