明るい富国強兵計画

第42話 騎士王の帰還

『う~、都市防壁の強化は必要かなぁ……』


恐らく、破砕された中核都市ウィンザードの防壁東門をレヴィアは思い出したのだろうが、個人的には余り賛同できない意見だ。


『そもそも、防壁で外敵から民を護るという発想が前時代的だな』

『えっと、どう言うこと?』


 疑問の感情を接続された騎体の人工筋肉経由で伝えてくる彼女に応じ、強力な火力を備えた武器が登場した時点で、“重厚な防御”は形骸化して意味を成さないとさとす。


 そんな会話を相棒としている間にも、ライゼス副団長の指示で衛兵隊が動いて、都市防壁の北門は内側から開かれた。


「アルド騎兵長、騎士王の帰還だ…… 大通りの人払いを頼む」

「承知しました。騎馬隊ッ、先行するぞ!」


「「「了解!」」」


 指揮に従った兵士達が並足で馬を歩かせ、騎体が通り抜ける事を吹聴しながら、そこまで遠くは無い王都エイジアの城郭に進んでいく。


 さらにロイド達の騎体ベガルタが北門を潜り、少し遅れて此方こちらの騎体も追随ついずいし始めると、後方からディノ達のクラウソラス四番騎や輜重しちょう隊などの移動音が聞こえてきた。


 別段振り返って確認するほどの事でも無いため、大通りの脇から見慣れぬ新造騎体に向けられた民達の歓声を聞き流して、城郭内に設けられた駐騎場を目指す。


 行き着いた先では騎士団長のゼノスが出迎えに来ており、馬身を寄せたライゼスと並んで、黒銀こくぎん巨大騎士ナイトウィザードを仰ぐ。


「これがベルフェゴールか…… 中々にいかつい騎体だな」

「ニーナ卿の趣味が多分に入っているものの、性能は実戦で確認済みだ」


「それも含めて詳細な報告が欲しい」

「あぁ、ブレイズも交えて話さねばならん事もある」


 少々難しい顔をした副団長を騎体の疑似眼球に映しつつも、俺達は居残り組の整備兵らに誘導されて工房内に入り、ルナヴァディス兄妹の騎体と同じくハンガーに収まって両肩を固定される。


 後はいつもの如く胸部装甲を開いて昇降用ワイヤーペダルに足を掛け、自前の風魔法を纏ってふわりと舞うレヴィアと一緒に降りれば、片手を軽く掲げたジャックス班長が駆け寄ってきた。


うちゼファルスで戦闘もあったらしいが、無事で何よりだ」


「ニーナ殿が愛蔵していた騎体のお陰だ」

「うぅ、私としては心臓に悪かったけどねッ」


 あの状況で吶喊した俺に少しだけ恨みがましい目を向け、赤毛の少女は班長や整備兵達に当時の戦況などを語り始める。


「ふむ、左の剛腕にバースト機構か…… いじり甲斐がありそうな騎体だなぁ」

ただでさえ扱いづらい、勘弁してくれ」


 思わず軽くぼやいた直後、くいっと相棒に軍装の袖を引かれ、振り向く過程で此方こちらに歩んでくるフィーネの姿が見えた。


「申し訳ありません、陛下。義父が城内で詳しい話を聞きたいと……」

「私も行った方が良い?」


 そんな気遣う言葉とは裏腹に、レヴィアは暫く振りに顔を合わせた親友へ積もる話でもあるのか、ちらちらと騎士団長の義娘に視線を向けている。


「……別に俺だけで構わないさ」


「ん、いってらっしゃい」

「また後で御話を聞かせてくださいね」


 仲良く手を振る少女達に見送られ、工房の出入り口で待っていた主副の団長二人と合流して、城内の応接室へと足を運ぶ。


 円卓を囲んで並べられた椅子には魔術師長以外にも、窓から差し込む日差しで艶やかな黒髪を際立たせたイザナが座していて、背後には護衛を兼ねた隻眼の魔術師サリエルが佇んでいた。


「おかえりなさい、クロード」

「少々、帰りが遅れてすまなかった」


 屈託のない笑顔に少し気まずくとも微笑を返し、隣の椅子をポンポンと叩いた彼女に従って着座する。


 その際、伝令役に預けていたバングル型のカフが細い手首に嵌められているのを見て、問題なく届いていた事に一息吐きながら、意識を対面に陣取るブレイズへ移した。


「留守中、特に問題は無かったか?」

「二度、リヒティア公国の防衛線を突破した異形どもが国境を超えたが……」


「大型種などろくにいなかったのでな、リガルド砦の部隊と配備しているクラウソラスの八番騎と九番騎で事は足りたぞ」


 元々、くだんの公国が防壁の役割を果たしている事もあり、精霊門を巡る先日の戦いのような事態は例外に留まる。


 因みに“滅びの刻楷きざはし”を迎え撃つ諸国同盟にいて、俺達が担う役目は公国への物資支援及び、救援要請に応じて援軍を派遣する事だ。


(それも折り込んで、ニーナ殿の要求に応えなければな)


 僅かな瞑目の後、ひとまず給仕のメイド二人を退室させて、持ち帰った取引の話を切り出す。


「実はな…… ゼファルスで国産騎体の開発を促されたんだ」

「といっても我らには魔導核や心臓部は作れない、業腹だがな」


 難しい表情を浮かべたブレイズに対して、道中でライゼスが肌身離さず管理していた革製の大封筒から書類束を取り出し、おもむろに机上へ乗せた。


「これは…… まさかッ、秘匿部品の設計図だと!?」

「おい、対価は何だ? あの女狐殿がタダでくれる筈なかろう」


 胡乱うろんな視線を投げてくるゼノスらに腐れ縁の副団長が向き合い、諸事情を掻い摘んで説明していく。


「なるほど、ひとつ借りができたか……」

「いや、ちょっと待てッ、この資料を魔術師長の名前で出すのか!」


便宜上の開発者スケープゴートは口が堅いほうが良い、観念しろブレイズ。内容的に武骨な私やゼノスが名乗りを上げても不自然だ。そうであろう、クロード王」


 自らが人選した事を棚に上げて、しれっと同意を求めてきた壮年の騎士に頷き、事前の打ち合わせ通りに“王命だ”と伝えれば…… 無駄な抵抗を試みていた魔術師長は諦めて項垂うなだれた。

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