第40話 新たな局面へ

 ただ、“ゼファルスの領主に謀反むほんの疑いあり”と声高に言うには時間が掛かり、仮に身内である皇統派貴族の賛同を取り付け、幼い皇帝の裁可を得たとしても問題はまだ残っている。


 いざ事に及んだ際、ヴァレル家と急激に接近した西側三領地の貴族たちが妨害をしてこないとも限らず、中立派の動きも気になるため迅速に怨敵おんてきを討つ必要があった。


「あの愚か者め、勝手に戦死して厄介な奴に家督かとくを継がせおって……」


 厳密に言えば、前当主の死後に巨大騎士ナイトウィザードの技術をチラつかせて皇統派すら巻き込み、皇帝の勅免ちょくめんにより爵位の継承を済ませた訳で…… 侯爵自身もその時は黙していたのだが、事実を棚に上げて愚痴る。


 何やら呟き出したあるじの姿を見ながらヴァルフは内心で溜息を吐き、書面での報告なども命じられた青年将校を伴って退出した後、足早に城内の廊下を進む。


「これから忙しくなるぞ、不本意だがな」

「すみません、襲撃で最優先目標を仕留めてさえいれば」


「元々、成功率は五分未満の任務だ、あまり気に病むな」


 萎縮する相手に気さくな言葉を掛けてから、リグシア領の騎士長は自らの執務室へと引き返していく。


 その去り行く背中に一礼し、レオナルドは旅程で疲れた身体を休めるため、兵舎に割り当てられた士官用の部屋へ向かう。


 幾分いくぶんかの時間が既に経過していたので、騎体工房に戻っても仲間達はいないだろうとの予測通り、室内には合鍵をせがまれて渡した経緯のあるエルネアがくつろいでいた。


「お帰り、大丈夫…… じゃ無さそう」


 扉の開く音に反応した彼女は軍装のインク染みを見て、不愉快そうに眉をひそめる。


「ゼファルス領での失態を考慮したら、マシなものだよ。と言っても顛末書てんまつしょを出したら正式に謹慎処分ぐらいは出るだろうけど」


「ん、一緒にのんびりする?」

「ははっ、それもありだな」


 勝手に西洋箪笥チェストを漁って衣類を取り出した魔導士の少女に笑いかけ、久しぶりの自室に戻ったレオナルドが肩の力を抜いた。


「羽を伸ばすのは身綺麗にしてからの方が良い…… お風呂の用意はした」


 言うが早いか、ずずいと着替えを渡された瞬間、領主侯爵に絞られている内に入浴を済ませてきたらしいエルネアから、植物のエッセンシャル精油オイルを加えた石鹸の良い香が漂う。


 不意に出先では河川や湖で汚れを流していたに過ぎない自身が気になり、そそくさと浴室へ逃げ込んで身体を清めてから、狭くとも騎体専属の者達に許された個室の湯船で疲れを癒していく。


 以後は顛末書てんまつしょの内容に頭を悩ませつつも、相棒とゆったりとした時間を過ごして一夜明けた翌日、騎体状況の報告を受けに出向いた工房で似つかわしくないドレス姿の淑女を見掛けた。


(あれでいて稀有けうな騎体開発者だからな、分からないものだ)


 くだんの女狐も似たような感じだと伝え聞いていた事もあり、納得がいかずに首を捻れども、自騎の前に陣取って技師らと話し込んでいる彼女を無視はできない。


「ファウ殿、俺のナイトシェードに何か異常でも?」

「いえ、昨日の報告から、さらなる強化を思いつきましたので……」


 嬉しそうに彼女が手渡してきた設計資料を確認すれば、濃緑色の隠密型騎体の図柄に見慣れぬモノが一対生えていた。


「これは…… 複腕ですか?」


「そう、魔法行使時にも突飛な事態に即応できるよう、二対の腕を持った改造騎体ナイトシェード・羅刹らせつです♪」


 若干、自画自賛的に近接戦闘における四本腕の優位性などをファウが主張するものの、レオナルドが専属騎士として抱いた一抹の不安に関して、技師や整備兵達をまとめる工房長が言及する。


「普通の腕と同じく、人工筋肉経由で騎士が感覚的に操作しますから…… 本来、人間に無い二対目の腕は上手く動作するんでしょうかね?」


「錬成の際に該当部位の神経筋を増やし、より多くの末梢神経を含ませる方向で検討しましょう」


 技術者同士が推考すいこうを重ね、実現に向けた前向きな意見を出し合う光景に口をつぐみ、騎体の操縦者である当の本人は溜息を漏らした。


(基礎性能が上がるのは構わずとも、俺自身が追いつけるかだな……)


 中核都市ウィンザードで出会った黒銀こくぎん巨大騎士ナイトウィザードも、扱いづらそうな伸縮式の剛腕を備えていたと思い出す。


 因みに異彩を放つ騎体でなくても、適性がからんで上手く扱える者は少ないため、増産予定の騎体に搭乗する専属騎士の育成が急務となる。


「ヴァルフ様も大変だな……」


 これから謹慎という名の休暇を貰う青年将校が気の毒そうに呟くかたわらで、技師達は討論を重ねてファウの素案を確かなものにしていた。


 他にも様々なリグシア領に属する者達がハイゼル侯爵の命令を受け、新たな画策のために動き出しており、未だ相応の期間が必要だとしても事態は着実に進んでいく。


 そうした状況の中、帰還の途に着いたリゼル訪問団は特に大きな問題も無く国境線を越え、自国の土を踏んでいた。


 受領した第二世代の騎体を囲み、荷馬車を率いて随伴ずいはんする騎馬隊には紛れ込んだゼファルス領の教導技師達が増えていて、彼らは不穏な動きを見せる勢力に対抗すべく新たな騎体の開発に携わる予定だ。






騎体情報 ナイトシェード・羅刹らせつ


 強襲任務に失敗したレオナルドの乗騎を開発者であるファウ・ザゥメルが大幅改良したカスタマイズ騎であり、四本腕を特徴とするイレギュラーな巨大騎士ナイトウィザード。魔法攻撃の直後でも、弾幕を抜けてきた敵騎体に即応して近接戦闘可能な仕様しようだが、全部の腕で魔法を放っている場合はその限りではない。


 複腕となった事で手数が増え、純粋な格闘能力が上昇しているものの、人工筋肉に含まれる末梢神経を経由した操作は難しいとの事だ。なお、頭部を飾る二本角に然したる意味は無いが、技師たちの拘りで付けられた模様で羅刹らせつと名付けられた由来である。

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