第39話 “寡兵よく大軍を破る”とも言いましょう

 他方、の地よりアイウス帝国の都があるレガルド領を挟み、北側に位置するリグシア領の中核都市アイゼルでは、くだんの襲撃を敢行したナイトシェード二騎が帰還していた。


 双方とも僚騎りょうきが殺られた時点で本格的な白兵戦を避け、マグネシウムを主成分にした特殊兵装“音響閃光弾フラッシュバン”の使用により、首尾よく撤退した事から大きな損害などは無い。


 だが、専属騎士達の表情は極めて陰鬱いんうつだ。


此処ここを出た時は六騎だったのにな」

「すまない、ジクス…… 指揮をった俺が未熟なばかりにッ」


 慙愧ざんきに耐えないといった態度の青年将校に居たたまれず、やや年上の騎士はバツが悪そうにそっぽを向いて…… 鋭く睨んできた指揮官騎付きの魔導士エルネアと視線が合ってしまう。


「レオは何も悪くない、元々の計画が無謀なだけ…… 貴方、馬鹿なの?」

「いや、別に責めたい訳じゃねぇよ」


 やれやれと頭をいた相手に対して、さらに言葉を重ねようとする少女に向け、庇われたレオナルドが首を左右に振った。


「気持ちは嬉しいが、部隊長に一切の責任が無いなんて不謹慎ふきんしんだ」

「………… ん、貴方がそう言うなら従う」


 一拍置いて隊内で揉めても仕方ないと判断したのか、エルネアはいさめてきた相棒にそっと寄り添う。


 その様子に自身の組んだ魔導士と顔を見合わせたジスクが呆れ、苦笑いを浮かべたところで城内からつかわされた衛兵が伝言を持ってきた。


「さて、俺は少しハイゼル様のお叱りを受けてくる」


 襲撃部隊の帰還を知った侯爵の呼び出しに応じ、レオナルドは失敗の泥を被るのも仕事だと配下達に言い残して歩み去っていく。


 この期に及んで待たせる事はできず、足早に駐騎場を抜けて城門へ向かえば、そのかたわらにリグシア領の騎士長ヴァルフがたたずんでいた。


「こんな場所で何をされているんですか?」

此方こちらも呼ばれてな…… 先に結果を聞いておこうと思ったのだ」


 騎士達を纏める立場上、城内に専用の職務室を持つ事もあり、騎体工房から出向く相手に先んじていた精悍せいかんな武人が低い声で尋ねた。


「失敗です、申し訳ありません。十分な成果を上げられずに預かった新造騎体の内、四騎を失いました」


「…… そうか、ご苦労だったな」


 苦虫を嚙み潰したような表情のヴァルフが反転して歩き出し、随伴ずいはんするレオナルドを従えて領主の執務室へと向かう。


 然したる時間を要さずに辿り着き、許可を得て入室すると頑固そうな初老の領主以外にも、やや不健康なまでに色白い肌を持つ妖艶な美女が同席していた。


 腰まで届くような長い白髪を微かに揺らして振り返った彼女が微笑み、色素の薄い瞳で見つめてくる中で、リグシア侯爵ハイゼル・バレンスタインが口を開く。


「先ずは報告を聞かせてもらおう」


 響く言葉に他領での襲撃を指揮した青年将校が進み出て、騎士長に目配せして確認した後、執務机の椅子に座す侯爵に一礼する。


「失礼致します。先日、夜闇に紛れて実行した中核都市ウィンザードへの襲撃ですが……」


 事実を包み隠さずに伝える事しかできず、東西の防壁門を破壊して周辺へ与えた被害、大通りに於ける敵方との遭遇戦など詳細を語るに連れて…… 聞いていた侯爵の機嫌が目に見えて悪化していく。


「…… つまり、陽動は成功したにも関わらず目的を達する事無く、女狐如きの寡兵かへいに敗れて貴重な騎体を失い、無様に逃げ帰った訳だなッ」


 り固まった皇統派であるゆえか、侯爵は帝国貴族にも血筋や出自を求める傾向があり、自領では“下賤げせんな身分”に過ぎない稀人まれびとのニーナ・ヴァレルが領地を治める事に忌避感きひかんを持つ。


 ましてや薄汚い存在が多大な戦力を保有するなど許されず、あるべきアイウス帝国の姿に戻すため密かに行動したのだが…… 全ては失敗に終わってしまった。


「不甲斐ない結果となり、申し開きも御座いません」

「くッ、どれだけの資金と時間を投じたと思っているんだ、このれ者が!」


 怒りに任せて侯爵が投げつけた没食子もっしょくしインクの瓶はレオナルドの胸元に当たり、騎士用の軍装に黒い染みを残した。


「侯爵様、お怒りを鎮めてください、“寡兵かへいよく大軍を破る”とも言いましょう」

「現実にはほとんど有り得んよ、ファウ」


「あら、そうでしたか」


 小首を傾げて微笑んだリグシア領における騎体開発の責任者を一瞥いちべつし、彼は憮然とした表情で言い捨てる。


「お前は悔しくないのか、自ら設計したリグシア製の最新鋭騎が女狐の騎体に後塵こうじんを拝したのだぞ」


「いえ、私の巨大騎士ナイトウィザードが紛い物に劣るというより、つかい手の問題だと思いますので……」


 しれっと責任は至らぬ操縦者達にあると転嫁しながらも、ファウと呼ばれた女性は言葉を続けていく。


「それと今回のようなてらった戦術は多用できません、からめ手がダメなら次は正攻法かと存じます」


いささか性急に過ぎますぞ、皇室の権威が衰えた状況では収拾の付かない事態になり兼ねない」


 話の行き先を変えるべく騎士長のヴァルフが口を挟んだものの、武官達が気付きにくい部分で既に事は始まっており、皇統派や中立派の貴族連中への根回しなども徐々に進められているのが実情だ。


「事前に地固めした上で機を見て判断する。女狐をこのまま放置するのは危険に過ぎるからな」


 現在は西部戦線に投入されているゼファルス領所属の巨大騎士ナイトウィザードも、相手の自由に動かせる手駒なので、ともすれば矛先が皇統派や帝国領内に向きかねない。


 実際にそうなる可能性は低いのだが…… どこか異質なニーナ・ヴァレルに疑心暗鬼を募らせた侯爵は焦燥を抱いており、手が付けられる段階で気に入らない彼女の戦力を削って、自身が優位に立たねばという歪んだ思いに囚われていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る