第38話 日頃、口煩い副騎士団長の実力は如何に?

 右掌で石突いしづきを掴み、左掌は槍柄やりづかを握った状態からの騎士が踏み出した直後、地につくほど下がっていた穂先が跳ねて仮想敵の斬撃を受け止める。


「ふっ!」


 短く吐いた呼気に合わせ、くるりと廻された槍が見えざる相手の得物を絡めて押しやり、斜めに返す突き込みで胸元を穿うがつ。


 そんな切れの良い動きを眺め、大森林の野営地でロイドとの模擬戦に横槍が入った件を思い出した。


 打ち合う直前だったのを考慮しても、俺達二人に気付かれず近接し、意識の外側から地面に一撃を突き刺したのは相当な腕前だ。


「実力あってこその副騎士団長という事か」

「うん、ゼノス団長と互いに勝敗を分けるくらいにね」


 当然だと言わんばかりのレヴィアを屋根のある荷物場所に残し、未だ槍を振るうライゼスの下に歩み寄って行く。


「クロード王、確か日課の鍛錬は朝方にしていた筈では?」

「別に昼も剣を振って良いだろう、それより……」


 先ほど見た動きが素槍すやりではなく十文字槍じゅうもんじやりを扱うような印象だったと言及すれども、どうやら西方諸国では一般的な武器とされておらず、微妙な顔で首を捻られてしまった。


十文字じゅうもんじとやらは知らん、ハルバードを想定しての動作だ」

「あぁ、なるほど…… 形状的には近しいものがあるな」


 スピアヘッドが一枚の金属板から削り出した槍先・斧刃・鉤爪から構成されるハルバードと異なり、十文字槍は斧刃が無い代わりにもう一本鉤爪がある形状をしており、似て非なる物と言えた範疇はんちゅうだろう。


 扱い方も斧刃での斬撃を除けば刺突・打撃・引っ掛けと共通する部分が多く、ひとりで軽く頷いていたら…… ライゼスが俺の持つ木刀を見遣みやり、挑戦的な表情でにやりと口端を吊り上げた。


「不覚にも騎体適性が低く、試しにブレイズを付き合わせてクラウソラスに搭乗しても、うんともすんとも言わなかったが、生身での戦いなら若い者に退けは取らんぞ」


「あぁ、どうやって相手を頼もうかと考えていたんだ、話が早くて助かる」


 ゆるりと距離を取った槍使いの騎士に応じ、不敵に笑って木刀をいつもの如く左甲段に構える。


「いざ、尋常に……」

「参るッ!」


 開始と同時に先手必勝を期して、上段に構えた木槍を胸元へ引き寄せたライゼスが半歩詰め、素早く穂先を斜めに打ち降ろしてきた。


 その初撃に応じて俺も踏み込み、打ち付けた木刀の威力を持って迎撃する。


「ッ、浅いな!」

左様さようかッ!!」


 えた相手は木槍の太刀打ちで木刀を押さえ込んだまま、手早く引かせた穂先で此方こちらの鳩尾に刺突を繰り出す。


 それは宝蔵院流などの古流槍術では典型的な所作しょさのため、予測していた範囲を超えず、後方へ跳躍して難なく躱したものの…… 間合いの長さは槍使いの騎士に有利となる。


「せいぁああッ!」

「ちッ」


 容赦なく連続して突き出された穂先を木刀で捌き、懐へ潜り込もうとした俺の右脚を狙った槍撃そうげきを避けた際、偶々木槍が両脚の間に入った。


 その刹那、ライゼスは斜め前方に飛び出すと同時に木槍を横回転させ、両脚を巻き込んだ即席の足払いと成す。


「うぉ!?」


 咄嗟とっさに直上へ飛んで回避したが、槍柄の持ち位置を手滑りさせて変えた相手が近接し、斜めに取り回した長物ながもの石突いしづきで顔面を狙ってきた。


 何とか紙一重で木刀をかざして受け止め、地に足が着いた瞬間に反撃の中段蹴りを喰らわせる。


「うらぁああぁッ!」

「ぐうぅッ!?」


 呻き声が漏れ聞こえたものの手応えは浅く、よろけつつも飛び退いたライゼスを逃がすまいと追いすがれば、それを阻むべく木槍の打撃が叩き込まれた。


「はッ、苦し紛れだな!」


 斜め正眼に構えた木刀で受け流して、接触した部分が支点となるように得物を半回転させながら迫り、遠心力が乗った柄部分であごを砕く…… 訳にもいかず、普通に寸止めとした。


「…… お見事、大したものだ」

「そちらもな、技が冴えていた」


 神経質で慎重派な性格もあって、知恵者な部分を持つ副団長が相当の猛者だというのは嬉しい誤算だ。


(人は見掛けに依らないな)


 認識を多少改め、立ち合いで乱れた呼吸を整えていると、少し離れた位置で観戦していたレヴィアが小走りに駆け寄ってくる。


「流石だね、クロード、それにライゼス副団長も」


 褒め言葉に添えて、彼女は荷物場所に置いてあった添毛織てんもうおり手拭てぬぐいを渡してくれた。


「ありがとう」


 謝意と共に私物を受け取り、軽く額の汗を拭き取っていく。


「それにしても、相棒が凄いと微妙に嬉しくなるよぅ♪」

「…… 期待を裏切らない程度に頑張らせてもらうさ」


 どこか上機嫌なレヴィアに水を差すことも無いので、無難に応えて以後の予定を思い浮かべる。


 物事に絶対はほとんど無く、逆に不測の事態は有り得るため、ニーナの要請を受け入れる形で中核都市ウィンザードへの滞在期間を伸ばしたが…… 復旧中の街は至って平穏なものだ。


 結果的に暇を持て余すのも十分に幸せな事であり、有事に備えて騎体から離れられずとも、今のうちに骨を休めておくのが上策だろう。


 似たような考えは此度こたびの訪問団に属する大半に共通していたので、工房に入り浸っている一部の整備兵を除き、皆はゆったりとした数日間をゼファルス領で過ごす事になる。

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