第37話 スケープゴートは必要です

 寸刻すんこくほど自国の特色に想いをせていたら、此方の様子をうかがっていた御令嬢が痺れを切らしたのか、さらに言葉を重ねる。


「もし、何かしらの理由で助勢に来られない場合、万一の時は貴国に亡命させてもらうオプションはどうかしら?」


「国境までしか迎えに行けない上、そちらの危機を察する手段も無い」

「あら、私の把握している範囲でも貴国の密偵数名が都市に紛れ込んでいる筈よ」


 それは初耳だったので、振り向いて壮年の騎士に説明を促すも、責めを含んだ視線を返されてしまう。


「この場で話す内容でもなかろう、クロード王」

「全くだな……」


 他国の領主に聞かせる内容ではないと思い至り、彼の言葉に同意して思考を戻す。


「…… ライゼス、亡命の腹案を踏まえた場合ならどう思う?」

「概ね問題は無い、後は御身が決める事だ」


 “最後はこっちに振るのか!”と思わなくも無いが、原則的に決定権は騎士王にあり、今まで三人の重臣に判断を強要された事など無い。


(まぁ、助言と説教は矢の如く飛んでくるけどな)


 特に不味い裁可を出そうものなら、ライゼスを筆頭に寄ってたかって文句を言ってくる。偶々、一緒にいて援護してくれたイザナまで流れ弾を受け、涙目になっていた程だ。


(それはさておき…… )


 出そろった事柄をざっとまとめ、黙して返事を待つニーナに向き合う。


「その取引、応じさせてもらおう」

「ん、商談成立♪」


「でだ、具体的にはどうする」

「そうね…… リゼルはどこまで巨大騎士ナイトウィザードの技術を持っているの?」


 可愛らしく小首を傾げて見つめられても、武辺者ぶへんものの俺に分かる筈もないので、少しは詳しそうな自国の副団長殿に丸投げしておく。


「先日、うちの技術者連中がクラウソラスK型を全面改修した際、魔導核と心臓部以外の構造はおおむね理解できたそうだ」


「両方とも途中から、他国への技術転移が規制された部分ね」

「それをリゼル騎士国に提供しても良いのか?」


 一応、帝国内に於ける彼女の身を気遣った発言にも関わらず、何故か面喰めんくらった相手に大胆不敵な笑みを返されてしまう。


「既に取引は此処にいる三人と、廊下で聞き耳を立てている騎士長だけの密約よ、今更その部分にこだわる必要が無いわ」


「くッ、確かに……」


 先程の密偵絡みの件に加え、この遣り取りも含めて、どうにも腹を探り合うような事柄は苦手だ。かと言って、やいばを振るうだけが侍では無いので、日々精進しなければと気を引締め、話の仔細しさいを詰めていく。


「つまり、騎士国に魔導核や心臓部の技術供与があると考えても?」

「違うわよ、貴方たちが自前で開発するの…… 建前上だけど」


「あぁ、それで騎体も独自の国産品な訳だ」


 あくまでニーナ・ヴァレルの関与を伏せ、他国が開発した騎体として世に送り出す意図があるのだろう。


「ならば、中核となる技術者のスケープゴートを用意すべきか?」


「えぇ、該当部品の仕様書や資料を渡すから、適任な人物が模倣もほうした書類を作って、技師達を主導すると良いわ」


「ふむ、帰国後に技師達の中から愛国心が強い者を選出…… 別に口が堅いという意味では、ブレイズでも構わんな」


 言い掛けた言葉を止めたライゼスの機転により、本人の預かり知らぬ間に国元の魔術師長が魔導核及び心臓部に付き、初めて国産化に成功した偉大な技術者に祭り上げられる事が確定する。


 後日、赤毛の魔導士レヴィアの父親でもある彼が必死に関連資料を書き写した事で、ブレイズ・ルミアスの名前はリゼルの騎体開発史に刻まれてしまうのだが……


 ともあれ、他にも追加の教導技師を訪問団に紛れ込ませて密かに出向させる事や、互いに連絡要員を駐在させる事などが円滑に取り決められた。


 また、戦力的な問題もあり、最低でも数騎以上は早い段階で稼働状態に持ってきて欲しいとの要望が出され、必要な具材の一部はゼファルス商人経由で輸送されてくる手筈となった。


「当面はこんなものかしら?」

「そうだな、後は状況次第になる」


 大体の思いつく事柄を擦り合わせ、ひと段落着いてから改めてニーナと向き合い、初対面の時と同じく軽い握手を交わして互いに微笑んだ後、柔らかい手を離してライゼスと共に執務室を辞す。


 なお、事の発端となったディメル近郊の森林火災は相応の被害を出しており、後発の騎兵隊と入れ代わりで三騎のクラウソラスが襲撃の翌々日に帰還したものの、残り半数の騎体はまだ戻れないそうだ。


 故に都市防衛の一翼を引き受けた俺達も未だ帰還の途に着けないため、割と時間を持て余していたりする。


「という事で、剣を振りに行こう!」

「はぅ、どういう事か全然分からないよぅ」


 日頃、騎体に乗れば一蓮托生いちれんたくしょうな事もあり、普段からそばにいる事が多いレヴィアと並んで、木漏れ日が射す小城の中庭を抜けて兵舎付近へ向かう。


 目指す先はゼファルス領の将兵が技を磨く練兵場で、毎朝の鍛錬に上乗せして少し身体を動かすには最適な場所と言えた。


 さらに打ち合う相手がいると尚良しなので、王都エイジアの木工職人に造ってもらった木刀を片手に石畳の広場へ踏み入り、知己ちきがいないか周囲を広く見渡す。


 そこにはゼファルス領兵らが木剣を振るう姿に紛れ、珍しくも騎士ライゼスが木槍を構えて、流麗な動きをみせる姿があった。



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