第36話 さあ、取引をしましょう

「……で、回収した敵性てきせい騎体きたいの話よね」

「あぁ、ざっと見た感じでは第二世代に相当するんだろ」


「クロード殿、実際に戦った者としての意見を聞きたいわ」

「と言われても……」


 矢鱈やたらと魔法を撃ち込まれた印象しか無く、弾幕を突破した後はアインストの騎体と共に鎧袖一触がいしゅういっしょくと言った感じで切り伏せた事もあり、参考になりそうな部分が無い。


「戦闘時に相手の騎体性能なんて、意識外だからな」


「むぅ、アインストは?」

「騎士王殿と同じくです」


 かえりみたところで、襲撃してきた連中が市街地で範囲攻撃魔法の使用を避けたあたり、最低限の良識は持ち合わせていたと思えるくらいだ。


「くッ、二人とも当てにならないわね」


 ややねてしまったニーナをたりにして、技師と操縦者の認識差に気付きつつも敵騎体の特性を彼女から聞けば、騎体ベガルタと同様に軽量化と出力強化が試みられているとの事だ。


「詳しくは解体しないと分からないけど、かなりの技量で造られている筈よ」


 なお、彼女がアイウス帝国上層部に待ったを掛けられる以前、騎体の製造技術を他国含めて幅広く公開していたのは独自発展も視野に入れた行為なので…… 鹵獲ろかくした騎体の存在は意図していた範疇はんちゅうでもある。


「折角の騎体が早々に内輪揉めで使われるとか、本当に悲しいわ」

「そうだな、矛先を向ける相手が違う」


 それでも一部の権力者だけが破格の戦力を持つ危険性や、国家の枠を超えて“滅びの刻楷きざはし”に対処するため、騎体技術の積極的な移転は必須事項だったのだろう。


 結果、雁首揃がんくびそろえて以後の対応を考えている訳だ。


 基本的に他領へ浸透しての隠密行動や襲撃は入念な準備が必要なため、好機と言える現状で第二波が無いなら当面は大丈夫だが、用心するに越した事はない。


かくしばらく滞在を延長する件は了承した」

「ありがとう、当てにさせてもらうね」


「では、リゼル本国に向けて伝令代わりの騎兵を出しておこう」

「宜しく頼む、ライゼス」


 少し帰還が遅れてしまう事に関して、王都エイジアの街中へ出掛ける約束をしたイザナに悪い気がするも、ここまで関わって素知らぬふりは性分に合わない。


(犠牲者も見た後だしな)


 一応、他国よその事とわきまえているので、領主のニーナと騎士長であるアインストが相談して、夜間の警戒態勢など決定していくのを大人しく見遣みやる。


「………… これだと、斥候兵たちの負担が大きくないかしら?」

「勿論、常時その体制を維持できませんし、非合理的でしょう」


 無理に続けようとしても疲労が重なり、ほころびが広がって形骸化するのは明白なため、厳戒令などは状況に応じて期間を定めて執行するものだ。


「少なくともディメルの町へ火消しに向かった騎体が帰還するまで、彼らには頑張ってもらいます。敵騎体に都市へ侵入されると厄介極まりない…… 昨夜は最悪でしたよ」


 ちらりと横目でアインストに同意を求められたので、やや苦い表情で頷いておく。


「確かにな、大通りから魔法攻撃で城郭じょうかくを直接狙えるし、そうなれば防衛側の騎体は下手に躱せない。しかも、周辺への被害を考慮すると撃ち返せない始末だ」


「うぅ、それは想定していたから侵入を許さないつもりだったけど…… 現実的にはこのざまよ、わらってくれて構わないわ」


 自虐的な言葉を吐き、ぐでっと執務机に上半身を投げ出したニーナに対して、どうしたものかと逡巡するも…… 彼女はむくりと起き上がって鋭い視線を向けてきた。


「ひとつ取引をお願いしたいのだけど、クロード殿に取っても悪い話じゃないわ」

「その口振りからして微妙だが、話ぐらいは聞いておこう」


「アインスト…… 廊下の衛兵を下がらせて、貴方が警護に就きなさい」

「了解です」


 軽く頷いたゼファルスの騎士長が退室し、扉の外にいた衛兵二名へ指示を出す声が聞こえた後、少しの間を空けて彼女が話しを切り出す。


「リゼル騎士国で独自の騎体を開発してみない?」


 背後で僅かにライゼスが身動きしたのを感じながらも、願ったり叶ったりな話に飛びつかず、確認すべき部分を押さえる。


「取引というからには対価が必要だろう、何を考えての事だ」


「多分、秘密裏の襲撃で上手くいかなかった以上、相手が表立ってくることもあるからね。貴国の戦力を補強しておいて、いざという時に助力して欲しいの」


 単純に考えれば自前の戦力を増強する方が手っ取り早いので、それを指摘するとニーナは辟易へきえきした表情になった。


「帝都の皇統派貴族に睨まれていて、騎体保有数を増やそうものなら何を言われるか…… でも、他国よそなら口出しはできない」


「世知辛い話だな、それで俺達に恩を売って利用する腹積もりか」

「否定はしないわよ、その通りだし」


 明け透けな態度で彼女はうそぶくが、この取引とやらは技術や関連素材の先払いになるため、此方こちらが約束を反故ほごにすれば純粋な損失を被ってしまう。


 故に一定の信頼はされていると判断した上で、敢えて念押しておく。


「時々の事情もある…… 場合によっては自国利益を優先するが、良いのか?」


「一度、窮地きゅうちを助けてもらっているから。それに国益を無視する王なんて信用できない、寧ろ率直に言ってくれた方が誠実よ」


 微笑んだ彼女の嘘偽りなさそうな姿は稀人まれびとに対する同胞意識を多分に含み、どこか危うさを含んでいた。


(影響を受け過ぎないようにしないとな)


 王位を預かる立場上、リゼル国内に根付いている稀人まれびとや子孫を特別扱いできないため、中立的な立場を心掛けるように自戒じかいしつつも、ライゼスにただす。


「開発支援と援軍確約の取引、引き受けるべきか否か…… 意見を聞かせてくれ」


「国産の騎体は我らが悲願なれど、仮に国難があってゼファルス領が危急の時に駆け付けられねば、我らが末代までの恥かと……」


 武士は食わねど高楊枝、内心では望んでいても義を重んじるのは彼らしくもあり、難しくもある部分だ。


(つまり、支援を受けたら是が非でも仁義は通せという警鐘か……)


 恐らく、国元の騎士団長や魔術師長も似たり寄ったりな意見の筈で、古風なイザナも賛同しそうな性格をしている。


 冷静に考えると旧神聖ローウェル帝国、ニーナの地球説を聞いた今となっては神聖ローマ帝国にしか思えないが…… そこの腐敗に嫌気がさして独立したリゼル騎士国の経緯からして、実は面倒な頑固者達が集う国家なのかもしれない。

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