第35話 兵士は殺されるのと同程度に殺すことに抵抗を覚える

「お疲れ様、結構激しい戦闘だったようね」


 ねぎらいの言葉と一緒に差し出された吸い口のあるふた付き紙コップを受け取り、軽く謝意を伝えてから中身をすすれば、ほろ苦い珈琲コーヒーの味が口腔に広がる。


 若干、緊張していた気持ちが少しだけやわらぎ、やっと人心地が付いた。


「………… 出会い頭から散々な目にあったな」

「あぅ~、大変だったよぅ」


 溜息を漏らしたレヴィアと一緒に乗騎をあおぎ見れば、攻撃魔法を連続して叩き込まれた騎体の装甲は所々で損壊している。


 修理が必要な箇所には高所作業車で無機属性持ちの魔術師達が近付き、手にした魔導錬金製の素材に魔力干渉して軟化させ、まるで粘土のように扱って欠損部を補填していた。


 さらに強度を上げるためか、共同で作業する鍛冶衆が槌を振り上げて叩きおろし、幾重もの打突音を響かせていく。


 無論、塗装とかどうでも良い事は後回しにされているため、段々とツギハギ模様の騎体となるのを眺めつつ、再び貰った珈琲コーヒーを喉に流し込む。


 同様に騎体ベルフェゴールへ意識を向けていたニーナの視線が此方こちらに戻り、ずっと表情を曇らせていた彼女が自嘲気味にわらった。


色々いろいろと私の考えが甘かったわ、誰だか知らないけど此処ここまでやるなんて…… 正直、死傷者数や被害の状況を聞くのが怖い」


「余り気負い過ぎるなよ、悪いのは襲撃した側だ」

「ありがとう、クロード殿…… 救助活動の願い出も含めてね」


 都市防壁東門での戦闘直後、幾つかの死体や潰れた家々を騎体の疑似眼球がとらえていた事もあり、帰還して直ぐ歩兵隊へ指示を出し始めたアインストにならい、俺も兵舎で待機中の人員を協力させるようにライゼスへ頼んでおいた。


 今頃はディノとリーゼが一個小隊規模の兵卒達を指揮して、東門付近の街区で瓦礫の除去や要救助者の捜索などをしている筈だ。


「被害が見掛けよりも少ないと良いな」

「えぇ、本当にそう願いたいわ」


 物憂ものうげな御令嬢が異形の化物と戦うため技術公開した騎体同士の戦闘、予測していた範疇はんちゅうだとしても、早々に割り切れるものでは無いのだろう。


 心中は察して余りあるが…… 対人戦闘から知り得た事柄は多い。同じてつを踏まないためにも、それらを活かす必要があった。


「…… 騎体の攻撃魔法とか、中々に厄介だからな」

「ん、もっと日頃から私に頼っても良いんだよ?」


 耳ざとく独り言を拾ったレヴィアが頷き、ここぞとばかりに身を寄せてくるので、取り敢えず頭をポフっておく。


 それをニーナに揶揄からかわれながらも、視界が明瞭になる明け方まで警戒待機を続けた後、俺達は工房の片隅で眠りに就いた。


……………

………


 結論から言えば再度の襲撃は無く、翌日には擱座かくざした所属不明の騎体が回収された。


 因みに俺達が初撃を喰らわせた騎体の専属騎士と魔導士は戦死、ベルフェゴールの鋭い爪で腹部を貫かれた騎体の連中はどさくさに紛れて逃走したようだ。


「アインストやダニエルが仕留めた相手も操縦席で亡くなっていたし、証拠は掴めないけど、首謀者の心当たりは数人あるわ」


 執務机に両肘を突き、両手を前で組んだニーナが難しい表情で諸々の状況を説明してくれるが…… 交戦した敵騎体の操縦者達の死亡をはっきりと知らされた事により、意識の集中が乱れてしまう。


 どうやら戦場に於いて距離や兵器を間に挟むことで、命を奪う際の心理的な抵抗感が薄れるというのは事実らしいが、後からジワリとくるのも否定できない。


(斬ると決めた瞬間、殺し殺される覚悟はあったつもりだが……)


 意外と真っ当な拒絶反応を示した自身に安堵あんどすれども落ち着かず、小首を傾げた御令嬢に胡乱うろんな視線を向けられた。


「顔色が優れないようだけど、大丈夫?」

「今更だが、昨夜の戦闘で初めて人を斬った実感が湧いてな……」


 誰かに言いたかったのか、さらりと口から出た包み隠さない言葉にニーナが翡翠ひすい色の瞳をらし、すまなそうに話を切り出す。


「多分、異界地球のイスラエルあたりの調査だけど、兵士は殺されるのと同じくらいに殺すことに抵抗を覚えるそうね。クロード殿は正常よ…… 銃後の私が言えた義理では無いけど」


「ありがとう、気遣きづかいに感謝する」


 彼女らしい理屈っぽい励ましが少々面白く、肩の力を抜いて謝意を述べた。


 背後から“事前に罪人の一人や二人、斬らせておくべきだったか?”などと、ライゼスの物騒な呟きが漏れ聞こえてくるが、面倒なので適当に無視しておく。


「それにしても対人戦が初めてであの動きは素晴らしいですな、騎士王殿」

「無我夢中に過ぎないさ」


 俺からすれば瞬時の判断で、呵責かしゃく容赦ようしゃもなく此方こちらの騎体を盾にして相手に近接戦を挑み、事後も悪びれないアインストの方が尊敬に値する。


 それをオブラートに包まず伝えてやったら、ゼファルス領の騎士長が豪快に笑った。


「お褒めに預かり恐悦至極、私にとっては紛れもない称賛ですよ」

「主従そろって、いい性格だな……」


「心外ね、私まで同じにしないでよ」


 “何言ってんだコイツ”という驚愕の表情を向けてきたニーナが抗議を始め、騎士長に対する愚痴を延々と聞かされてしまうものの……


「んんっ、我々も暇ではないのだ、ニーナ卿」

御免ごめんなさい…… 話がれたわ、本題に戻しましょう」


 わざとらしい咳払いをしたライゼスに促され、御令嬢が自ら脱線させた話を引き戻す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る