第33話 騎士王の乗騎は狂暴です

『うぉおおぉおぉ!』

『きゃうぅ――ッ』


 高速機動による負荷ふかを身体に感じた直後、敵方が胸部を狙って撃ち出した豪焔弾ごうえんだんいびつな左剛腕に阻まれて砕け散る。


 僅かに遅れて下腹部へ飛んできた豪風刃ごうふうじんも、右腕のアームシールドを切り刻んで虚空こくうき消えた。


 外観よりも堅牢なニーナ・ヴァレル愛蔵の騎体に感謝をささげつつ、俺達と同様に魔法攻撃が着弾したであろう、アインストの乗騎ベガルタを置き去りにして加速する。


『くッ、背を追わせてもらいます』

『好きにしろッ』


 盾代わりにされるのは若干の苛立いらだちもあるが…… 街中で撃ち合う訳にいかず、接近戦を挑むしかない以上、それも一手と受け入れて彼我ひがの距離を詰めていく。


 遭遇時点で500mほど離れていた事もあり、この騎体が持つブースト機構と理論上の最高時速120㎞を以ってしても、相手に一撃を喰らわせるまで十数秒が必要だ。


 常識的に考えれば敵方てきかたがその隙を見逃す筈も無く、もう一度だけ遠隔攻撃をしのぐ必然性があった。


『うぅ、もう嫌なんだけど……』


 思わず漏れたレヴィアの泣き言が聞こえてくるものの、射撃準備を終えた各敵騎体は躊躇ためらわずに魔法を撃ち放つ。


『喰らえやッ、新型』

『ここで仕留める!』


『きゃあぁッ』

『くッ、ままよ!』


 左剛腕と右腕のアームシールドで騎体の急所をかばい、覚悟を決めて魔法の弾幕へ低い姿勢で突き進む。


 当然だが、両腕でおおえる部分にも限界があり、被弾した脚部装甲が弾けて破片を飛ばし、負荷が蓄積したシールドも一部破損してしまう。


 加えて装甲越しに人工筋肉へ衝撃が伝わり、感覚共有で四肢に鈍痛が生じるが、気合で堪えて残り少しの道程を駆け抜ける。


 その合間に左掌で腰元の鞘を掴み、右掌で魔導錬金製サーベルの柄を握り込んで、滑り込むように剣戟けんげきの間合いへ踏み込んだ。


『なッ!?』

『うらぁああぁッ!!』


 気合一閃、鞘走らせながらの抜き打ちが左前衛の敵騎体を直撃し、速度と人工筋肉の膂力りょりょくで胸部装甲を半分まで切断した。


 恐らく搭乗していた専属騎士と魔導士は絶命している筈だが…… それを気に留める間も無く、僚騎りょうきたおされた後衛の敵騎体が動揺しつつも、腰元からロングソードとダガーを引き抜く。


『よくも、シドレ達をッ!』


 怒りと共に擱座かくざした騎体越しに刺突を繰り出そうとするも、先んじて俺は左剛腕を突き出し、搭載された射出機構を作動させた。

 

 魔力炸裂により轟音が鳴り響いた刹那、普段折り畳まれた部分が一瞬で開いて腕が伸び、左掌に備えた鋭い爪で敵騎体の腹部を貫く。


『ッ!? うぁ… ぐぅう……ぁ…………』

『…… 悪いな、余裕が無くて』


 胴体部分はまとが大きくて当たりやすいとえども、手元が狂えば操縦席を直撃すると理解した上で、意識してそこを狙った事実に軽くびておく。


 ただ、てらった突撃でアドバンテージを取れるのはこれが限度であり、初撃で沈黙させた相手に深く喰い込んだ得物を諦め、襲い掛かってきた敵方てきかたの右前衛が振り下ろしたメイスを損壊したアームシールドで防ぎつつ後退する。


 それに合わせて後方よりアインストの騎体が斜めに飛び出し、攻撃に伴う隙をさらした敵騎体の脇腹目掛け、両掌に握り込んだ無骨な鉄剣で鋭い突きを放った。


『もらったぁああぁッ!』

『ッ、うおぉおぉ!?』


 騎体重量が乗った渾身の一撃が胸部装甲を貫通して、巨大騎士ナイトウィザードの血液たる赤い魔導液を吹き零させる。さらにの騎士長は左脚で相手を蹴り飛ばして、刺した鉄剣を引き抜いた。


 一方、倒れ込んできた僚騎りょうきを躱すようにバックステップした最後の敵騎体は腰元へ手を伸ばし、掌に収まる筒状の物体を放り投げる。


 反射的に意識がそれに向いてしまった瞬間、月明かりと魔力灯のみだった薄闇の中で轟音と共にまばゆいばかりの閃光がはしり、騎体の疑似眼球が一時的に機能を失う。


『ぐうぅッ、音響閃光弾フラッシュバンだと!?』

『くそ、防御を固めろ、クロード王ッ』


 咄嗟とっさに左剛腕と右腕の欠けたアームシールドを胸元で交差させたが、何かしらの攻撃がある訳でも無く…… 視界が回復した時、既に大通りから敵影は消えていた。


 夜闇に紛れてしまえば濃緑の騎体色が有効に働いて追跡が難しいため、ゼファルス領の中核都市を襲撃した騎体ナイトシェードの内側にて、魔導士のエルネアが安堵のひと息を吐く。


『ん、何とか逃げられそう』

『………… 不本意ではあるがな』


 都市防壁の西門へ向かわせた配下が気になるものの、此処ここで討ち死にしても意味が無いのは確かだと思い直して、レオナルドは無様ぶざまに敗走している現状を受け入れた。


 なお、巨大騎士には適合した貴重な人材を脱出させる転移魔法の封石が搭載されており、仮に先程の市街戦で相手を道連れに果てようとしても、有無を言わさず相棒に騎体から放り出されただろう。


 専属騎士を失った騎体は一切の抵抗ができないので、敵地に取り残された魔導士の運命などろくなことが無いとしても、彼を気遣きづかうエルネアの性格ならやり兼ねない。


(迂闊うかつに自棄的な行動が取れないのは複座型の利点か……)


 同時に相方の命を背負う難点でもあるなと苦笑して、彼は中核都市から程よく離れた撤退時の合流場所である疎林そりんへ騎体を隠す。


 そこで待つ同胞達の二騎は…… 少し時を遡った都市防壁の西門付近にて、挟撃を想定して出てきたゼファルス領所属のクラウソラスと、リゼル騎士国のルナヴァディス兄妹が駆る騎体に遭遇していた。

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