第32話 アンノウンとの出会いは突然に

 何かが崩れる音を契機けいきに整備兵達が一斉に動き出し、残していたアインストの騎体ベガルタL型とクラウソラスを壁際に留めていた装置を開放させていく中で、滑り込むように妹の手を引いたロイドが工房内へ駆け込んでくる。


 そんなにわかに騒々そうぞうしさを増した状況から遡ること暫し……


 ゼファルス領の町ディメル近郊の森林地帯から飛び出したリグシア領の新造騎体、ナイトシェード六騎が濃緑色のボディを活かして夜闇に紛れ、ニーナ・ヴァレルが居城を構える中核都市ウィンザードを目指していた。


 彼らの背後には煌々こうこうと燃え盛る炎が揺らめき、草木やそこにまう動物などを徐々に飲み込んでいく。


『陽動で燃やしておいて、なんですが……』

『あまり気は進みませんね、隊長』


 先行する騎体を駆る専属騎士と魔導士の言葉に瞑目し、今更気後れする必要は無いと腹を決めたレオナルドは飾らない態度で応じる。


『目的遂行には欠かせない行為だ、釣られた相手方の騎体に始末は任せる』

『『了解ッ』』


 事ここに至っては偽善的な感傷に浸るのも愚かしいので、主たるハイゼル侯爵の主張で理にかなっている幾つかの部分を笠に着て、与えられた任務を優先するのみ。


(リグシアの発展と引いては領民達のためだ)


 長い歴史の中で皇室が力を失って群雄割拠のような状態にある以上、どこか一領地が力を持ちすぎるのも危険であり、それを棚に上げてでも自領が力を付ける必要もあった。


 恐らく、リグシア領の動きに勘づいた領主達は西部戦線を支えるゼファルスの女狐に対し、妨害を仕掛けるくらいに思っているのだろうが…… 彼らは彼女の殺害も視野に入れている。


 ここ半年にいて急激に技術力が向上した事もあり、くだんの人物に退場願えればハイゼル侯爵が後釜になれるのだ。


『こちらに革新をもたらしたファウ殿も相当な女狐だがな……』

『ん、同意する』


 耳元で聞こえた魔導士エルネアの声に意識を引き戻され、思索を中断したレオナルドは騎体の巡行じゅんこう速度を時速約50㎞で維持したまま西進していく。


 そうして一刻程も経てば、目的とする中核都市の耕作地に差し掛かり、遠慮なく巨大騎士ナイトウィザードで田畑に踏み入りながら指示を飛ばす。


『レイナとジクスの二騎は迂回して、時間差を計って西門から仕掛けろ』

『分かりました、また後ほど』

『ご武運を……』


『残りは東門を破って市街に突入する!』

『応よッ!』

『『了解です』』


 予定通り二手に別れて程なく、指揮官たる青年将校は壁外に拡張された新市街を疑似眼球の視界に収め、騎体の速度を一気に加速させた。


 なお、街区には魔導灯の光もあるので、防壁守護の衛兵隊がようやくナイトシェードの存在に気付き、数人が夜間用の発光弾が装填された後装型信号拳銃を引き抜いて直上に放つも…… 時すでに遅し。


 騎体用に整備された大通りを駆け抜けてきた正体不明の巨大騎士ナイトウィザードが短戦槌を振り上げ、勢いのままに自身の背丈よりもやや低い防壁門へ叩きつける!


「「うぉおおぉおおおッ!」」

「「うわぁああぁ―――ッ」」


 砕け散った防壁の欠片諸共に衛兵達が宙を舞い、恐怖を顔に張り付けて落下していく。その大半が建物や路面に衝突して絶命した。


「うぅ……ッ、あぁあ……ひぁ、ぐべッ!?」


 運よく背の高い建物の上に落下して一命を取り留めた者も、後続の敵騎体がメイスを門付近へ叩き込んだ事により、再び飛散した破片で潰されてえ無く命を落とす。


 当然、被害はそれだけに留まらず、東門周辺の家々が落ちてきた壁材に破壊され、そこに住む領民達がうのていで逃げ出してきた。


 運悪く就寝中に飛散物の直撃を受けた者もいないとは限らず、相応の死傷者が出てしまっているのだろう。


 されども襲撃者達の手は緩まず、何度も破壊武器が叩き込まれて防壁門は瞬く間に壊されていき、止めの騎体重量を乗せた中段蹴りで板金扉が弾き飛ばされた。


『良しッ、突入するぞ!』


『先行します』

『援護は任せましたよ!』


 先ずは前衛二騎のナイトシェードが大通りに突入し、動力と直接関係するために僅かな回数のみ許された魔法攻撃を考慮して、より効果的に目標の小城を狙える距離まで詰めていくが…… 直ぐに進路上へゼファルス領側の騎影きえいが姿を現す。


『敵影二体、内一騎は報告にあったベガルタ、残りは不明!』

『隊長、魔法攻撃の許可をッ』


『レオ、勿体もったいぶっても仕方ない』

『そうだな…… 射撃用意ッ、一気に仕留める!』


 念話装置越しの号令に従い、近接武器を収めた前衛二騎が片膝立ちとなって低い姿勢で両掌を構え、彼らの頭越しに隊長騎を含む後衛二騎も両腕を突き出した。


 その光景を騎体ベルフェゴールの疑似眼球で見据えていたレヴィアが悲鳴染みた声を上げる。


「ち、ちょっとッ、正気なの!? 街中で魔法攻撃なんて!」

「くッ、回避の仕様しようが無いだと!」


 大通りに出るなり危機的状態に陥った俺も叫びたいのは同じだが、嘆いている寸暇すんかも無い。


「ッ、吶喊とっかんする!」

「え゛、嘘よね、クロードッ」


 敵方の各騎体が両掌の間に焔弾えんだん風弾ふうだんを形成していく最中、騎体の頑強な左剛腕で上半身、アームシールド付きの右腕で下半身を護り、早々に使う羽目となった背部バースト機構をかせて飛び出す!

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