第31話 こんなこともあろうかと By モブ整備兵

 向かった先では扉の前に武装した衛兵二名が構え、無言で此方こちらに鋭い視線を向ける。


「リゼルの副騎士団長ライゼスだ、御領主殿に取り次いで貰いたい」

「確認致しますので、しばらくお待ちを……」


 扉を三度叩いて御令嬢の入室許可を得た後、応対してくれた衛兵は相方を残して中に入り、室外では聞き取れない程度の音量で何かの会話を交わして戻ってきた。


「騎士王と副騎士団長ならば構わないとの事です」


「少し待っていてくれ、レヴィア」

「ん、いってらっしゃい」


 一声掛けてから御付魔導士と護衛の準騎士を残し、ライゼスと共に開かれた扉をくぐって、出てきた衛兵と入れ代わりで入室する。


 向かって正面の執務机の椅子に座し、頬杖を突いたニーナのかたわらには騎士長のアインストが控えていた。


「夜分遅くに失礼する」

「別に良いわよ、騎士王殿。騒がしくしているのは私達だから」


「理由を聞いても?」


 取り急ぎの用件で睡眠をさまたげられたのか、やや不機嫌なニーナはちらりと騎士長へ視線を投げる。


「領内東端の町ディメルに預けた伝書用のふくろう数匹が大規模な森林火災を知らせてきまして…… 延焼を防ぐために水属性の魔道核を搭載したクラウソラスを中心として、六騎ほど急行させた次第です」


「他兵種が混じらない巨大騎士ナイトウィザード隊だからね、夜間のために巡行じゅんこう速度しか出せないとしても、現場まで一刻半といった感じかしら?」


 後手に回ると火災規模の拡大もさることながら、森林地帯に根付いている野獣や小型及び中型魔獣などが焼け出されて町を襲うかも知れず、即応性を重視した判断は間違っていない。


「ふむ…… もあり得るので、妥当な処置ではありますな」


 深く頷いたライゼスが賛同を示すも、少し言葉に含みを持たせたのは理解できる範疇はんちゅうだ。


 近年、ゼファルス領は異形種どもの支配域と隣接した三領地へ派兵しているため、俺達が駐騎場や格納庫で見かけた巨大騎士ナイトウィザードの数は限られている。


 現状で六騎も向かわせれば、中核都市ウィンザードの護りが薄くなるのは避けられない。取り越し苦労になるかもしれないが…… 此処ここは敢えて言及しておこう。


「アインスト殿、今動かせる騎体の数は?」

「私のベガルタとクラウソラスの二騎です…… 騎士王殿も気になりますか」


 職責からゼファルス領の騎士長は眉をしかめて思案するも、荒事から遠い位置にいるニーナは実感が乏しいのか、やや懐疑的な態度だ。


「さっきも彼に話したけど“滅びの刻楷きざはし”が西部領地へ侵攻を掛けているのに、私が気に喰わないだけで背後から撃つなんて馬鹿、流石に愚かな皇統派でもいないでしょう?」


「…… 中々に気苦労が多そうだな」

「それも私の務めなれど、心遣こころづかいに感謝します」


「むぅ、ちょっと待ちなさい! 異議があるわ」


 不服そうな表情で口を挟んだ御令嬢が反論するものの、“備えあれば患いなし”とばかりに言論封殺していく。


「そもそも、東部の森林地帯では火災が多いのか?」

「領内で年に一回程度の報告があるけれど、大規模なものは珍しいわ」


「故に発生理由が通常と異なる気がします、ニーナ様」

「…… 人為的若しくは意図的な可能性があると?」


 少し思う部分があったようで、何かを考えるように視線をらした彼女に向け、慎重派のライゼスも言葉を添える。


「何も無ければそれで良し、無駄になっても笑いごとで済む。だが、万一の場合は取り返しが付かない、事前に備えられるなら僥倖ぎょうこうだ」


「確かにそうね…… アインスト、残りの騎体を暫くは動かせる状態になさい。それと状況次第だけど、後発の騎馬兵を増員して、代わりに巨大騎士ナイトウィザードの一部を早期帰還させます」


「委細、承知しました」


 手短な言葉と一礼を残し、ニーナの命を受けた騎士長が機敏な動作で退室していった。


 此方こちらも注意を促した手前てまえ、森林火災と連動した何かが起きないと判断できるまで、彼女達と協働体制が取れないかを模索する。


「…… 時に受領する騎体は仕上がっているのか?」

「えぇ、問題なく動かせるわ」


「ならば俺達も騎体の操縦席で待機しておこう」

「ありがとう、クロード殿」


 頭を下げた御令嬢に見送られ、待たせていたレヴィア達と騎体工房へ向かう道すがら、銀髪碧眼の兄妹を呼び戻すためライゼスに兵舎まで出向いてもらった。


「ディノ達は…… 四番騎が整備中だから、騎体が無いんだね」

「そうだな、間の悪い」


 蒼髪の騎士の立ち位置を少しだけ気に留めつつも工房に至り、低い駆動音を響かせるアインストの騎体ベガルタL型を横目に奥まで進む。


「騎士王陛下、ベルフェゴールの準備は整ってますよ!」

「こんなこともあろうかとッ、普段から入念に整備してますからね」


 夜分に招集されても嫌な顔を見せず、裏方に回ってくれる技師達に謝意を述べてから、先んじて昇降用ワイヤーで駐騎姿勢の最新鋭騎へ乗り込んだレヴィアに続く。


「~♪ 真新しいシートは何だか嬉しいよぅ」

「感覚的には新車だからな……」


 どこか上機嫌な彼女が魔導核に魔力を通して、眠っていた騎体の心臓部を駆動させれば、操縦席の各所から伸びてきた人工筋肉繊維が身体に纏わりついた。


 さらに操縦者を護る人工被膜が視界を閉ざし、瞳に映る光景が疑似眼球のそれに切り替わる。


(さて、朝方まで何事も無ければ良いんだが……)


 などと温い事を考えた瞬間、東門の方角から都市中心部まで届くような、連続した破砕音が響いてきた。



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