第19話 素通りはできません(大人の事情)

 そうして王都エイジアを発って北に向かうこと数日、リゼル騎士国とアイウス帝国の境界線を越えた訪問団数十名が通過するフォセス領の中心部に辿り付くという頃…… クラウソラスの五番騎内部にて、人工筋肉に埋もれて動力制御を行うリーゼは密かに溜息した。


 理由は言わずもがなパートナーであるディノ・セルヴァスで、どうにも彼は新しい騎士王との間に壁を作ってしまっている。


(かつて第三代騎士王と共に英雄となった蒼の聖騎士パラディン、その子孫の筈なのにね……)


 考え方に拠っては“王の盾”と称された騎士の一族だからこそ、クロードに余計な反感を持たないよう、公私の区別を明確にしているのだろう。


 それはリーゼも理解できているし、生真面目な彼の性分も好ましく思うのだが、いつも傍で見ている側としては息苦しさを覚えてしまう。


(なんで決闘なんか挑むかな~、もうッ)


 当時の彼女は準魔導士だったので、魔術師の小隊に混じって全高数メートル級の中型に分類される異形種と対峙し、止めを刺すための集中的な魔法攻撃に参加していた。


 故に詳細は知らないものの、手も足も出ずに惨めな負け方をした事は伝え聞いている。その事がディノの態度を硬くしてしまっているのは明白だ。


 世話焼きな側面もあるリーゼはそれを改善できないものかと思案し、置き去りにしてきたクラウソラスL型改を思い出す。


 第一世代であるにも関わらず、第二世代のベガルタに匹敵するとうたわれた異質な騎体は致命傷となる胸部装甲以外を極端に薄くし、動作の敏捷性を向上させると同時に出力も増大させていた。

 

 それにより、物理攻撃を内側に仕込んだ貴重な爆薬で弾き飛ばすアクティブシールド、単射が可能なガンソードなど特殊な専用兵装が扱えるらしい。整備班の想いが詰まった(好き勝手した)素晴らしい騎体と言えよう。


『…… 置いて来た改造騎体だけど、私達を推してくれたのは王様だってさ』

『妙な気を回されてもな……』


『分かってるなら、そろそろわだかまりを捨てても良いんじゃない?』

『騎士としてなら忠義は尽せるが、個人的に嫌いなんだよ』


 そう、ディノ・セルヴァスはクロードが気に入らない。決闘で負けて無様に膝を突いた際、向けられた憐憫れんびんを含んだ視線は心に抜けない棘として刺さっている。


 だからこそ、翌日には意を決して宣戦布告までしたものの、相手がイザナ姫との婚姻で新たな騎士王となった以上、再戦など叶わず彼は生涯しょうがい負けたままだ。


 やり場の無い気持ちを抱えてしまった心情をリーゼも段々と察してきており、騎体の人工筋肉を通して繋がっている故か、どこか気持ちが引っ張られて陰鬱いんうつになってきた。


(ディノ君、というよりも男って馬鹿ばかりね、勝ち負けに固執して……)


 彼女からすればクロードも遠回しな気遣きづかいなどせず、もっと腹を割って話せば良いと思ってしまうが、実際どう転ぶかは不明である。


(まだ、接点が少なくて王様の性格は掴めて無いし、余計な口出しは藪蛇やぶへびかしら)


 そう判断したリーゼはこれまで通り、ディノの感情がネガティブに働かない様に注意だけして、成り行きと時間経過に任せると決めた。


 一方、彼女達が操る五番騎とルナヴァディス兄妹の二番騎を露払いに、少し後ろを進む四番騎に搭乗したクロードは国境を超えるに際して、幾つかライゼスから聞いた話を思い出していた。


『先ずは中核都市レイダスで此処の領主殿と面会か』

『流石に素通りは駄目だから……』


 やや面倒そうに呟いたレヴィアに同意を返す。例え直線的な最短距離で考えれば立ち寄らない方が早くとも、大人の事情で無視する事などできない。


 この時代、帝政という国家形態を選んだアイウスも長い時の中で徐々に財政難へ陥り、皇室が持っていた権利や権限さえも切り売りした結果、地方領主達の力が強まっていた。


 領内の通行に関する権限も彼らが有しているので、ニーナ・ヴァレルが手配してくれたとは言え、挨拶もせずに立ち去る事はできない。


『でも、往路でお土産を渡したら、後は無視しても良いんだよね?』

『あぁ、そう聞いている』


 一度、訪問さえしておけばフォセス伯爵の顔も立つし、の領主もゼファルス領を訪れる此方の動向は現状に於いて気掛かりな筈だ。


 事前に詰め込まされた知識だと、帝国は幼い皇帝を担いで専横的な政治を執る皇統派が主流となっており、彼らの一部は突然に頭角を現した女狐殿が気に入らないようだ。


 対照的に“滅びの刻楷きざはし”の勢力圏と接する帝国西側の三領主は惜しみない技術提供に加え、麾下の騎士団まで派遣しくれた彼女を信奉している。


(互いに命を預け、肩を並べて異形種と戦えば信頼も厚くなるのは必定)


 それでなくとも、極めて不利な戦況に光明をもたらしたニーナ・ヴァレルは彼らにとって新たな盟主と言っても過言では無く、皇統派が焦ることは理解できた。


『ライゼスの言う通り、余り巻き込まれないように注意だな』

『内輪揉めの話? 西側から異形が迫ってるのにおかしいよぅ』


 皆が疑問を滲ませるレヴィアのようなら、もっと世の中は平和になるかもしれないが…… 生き抜くためには非合理的に思えても自己の利益を追求しなければならない時もある。



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