第18話 イザナ、それはおっさん三銃士の許可が……

 ともあれ、ニーナ・ヴァレルがつかわした使者殿が帰ってから二週間ほど経ち、出発を真直に控えた夜、ひと風呂浴びて準騎士達と重ねた鍛錬の汚れを落とす。


「あ゛~、生き返るな…… 三代騎士王に感謝だな」


異界地球の日本出身という現王家の祖が城内に大きな風呂を作ってくれた事に賛辞を送り、肩まで湯船につかって四肢を投げ出した。


 そのまま“ふぃ~”と息を吐き出し、この後で寝室に戻った時のイザナのあしらい方を考える。


(据え膳食わぬは何とやらとえども、現状の婚姻関係は彼女が臣民をおもんばかり、敢えて選択したに過ぎないからな)


 実際どう考えているのかなんて不明だが、それとなく迫られても彼女の弱みに付け入るような気がして、受け入れがたいものがあった。


「綺麗事だけで生きている訳じゃないが…… おのれの思想信条に反するか」


 そも、生命の維持には他の生命を喰らう(奪う)必要があるため、それを無視して虫も殺せないような顔をする厚顔無恥になるつもりは無くとも、受容できる範疇で綺麗事を通したいと思うのは自身の悪い癖だ。


(爺さんは偽善だとよく言ってたな、あぁ…… でも、それすら捨てると人はけものと変らないんだっけ)


“偽善も善意の内と知れ”なんて言葉も同時に思い出す。


 こっちに来てからの剣を振るう日々のせいで、どうにも血肉を分けた両親より、色々と仕込んでくれた無骨な化物爺さんが脳裏を過った。


「何気に嫌すぎる……」


 呟いて閉口した瞬間、風呂場の曇りガラスを使った扉が小さく開いて、金具が軋む音が浴室内に響き、イザナの鈴を転がすような声が届く。


「…… クロード、私もご一緒して宜しいですか?」

「待て、断らせて貰う」


「いえ、今日こそはまかりなりませんッ」


 意気込む彼女の声と共に扉が開け放たれ、悲しいかな雄の本能で露になった姿を凝視してしまう。


「って、水着かよ…… それなら構わない」

「ふふっ、言質げんちは取りましたよ♪」


不敵な笑みを浮かべたイザナはつややかな黒髪に映える白いセパレートタイプの水着をまとっていた。


恐らく異界ちきゅうからの迷い人が多いこの世界では、普通に水着ぐらいは普及しているんだろうと思い至り、何とはなしに水場で身体を洗い清める彼女から視線を逸らす。


(さて、どうやり過ごすか……)


 振り出し戻って堂々巡りな思考に囚われる事暫し、気づけばすぐそばに人の気配を感じた。


「では、失礼しますね」

「…… 十分な広さがある筈だが?」


「いえ、此処ここが良いのです」


 さらりと答えながら、広い湯船にも関わらず隣にイザナが腰を下ろし、ゆっくりと身体をもたれ掛けさせてくる。


「………… 心頭滅却」

「すれば火もまた涼し、異界地球の諺でしたね」


 やや緊張した雰囲気の中で口元をほころばせ、身体から力を抜いた彼女は大きく息を吐き出す。


「どうやら、私の魅力が無い訳でもなさそうです」

「あるから困るんだよ、まったく」


「すみません、いきなりこんな事をしてしまって…… でもうれいは無くなりました」


 知らずの内に緊張して強張った身体から、俺もゆっくりと力を抜いた。


「その様子を見る限り、やはり私の誘いを無視する理由は相互理解の問題でしょうか?」


「情けないがその通りかもな」


 何かと理屈をつけていたものの、要は相手の心情が分かっていないが故に、自身の腹も決まらないのだろう。


 それに気づいたなら互いの立場上、知り合う機会を設けるべきだが…… 俺は明日にもゼファルス領へ向けて出立する事になっていた。


「出先から帰ってからになるが、少し一緒にいる時間を増やしたいな」

「ん、ひとつ提案があるのですけど……」


 ここぞとばかりに喰い付き、イザナが二人で街に出掛けようと言い出したので、思わず返答にきゅうする。


 少なくとも、内心でこっそり“おっさん三銃士”と名付けた重臣達に許可を取っておかないと、後できつく絞られる事は明白だ。


(結局、密かな護衛が付くだろうから、二人きりとはいかないが……)


 小さく拳を握り締めて返事を待つ彼女に同意を伝え、先ずは旅路の道中で最も手強そうなライゼスを攻略するため、湯船で算段を立てていたらのぼせてきた。


 おもむろ風呂枠へ掛けていた手拭いを取り、湯の中で腰元に巻き付けて立ち上がる。


「先に上がらせてもらうぞ」

「はい、私はもう少しかっていますので」


 そう応えたイザナを残して脱衣所に向かい、手早く服を着込んで足早に寝室へ移動したものの、彼女が戻ってくる場所も同じなのを忘れてはいけない。


 いつもよりも双方が緊張した状態で寝床に就き、翌日は寝不足な状態でレヴィアに気遣きづかわれながら、クラウソラスの四番騎に乗り込む羽目となった。


「ッ、振動が頭に響く」

「ん~、イザナも寝不足気味だったし…… はッ、ゆうべはお楽しみでしたね?」


 妙な方向へ勘違いした赤毛の少女に頭痛を深めるも、身体に接続された人工筋肉経由で騎体の脚を動かし、先に騎兵隊と合流していたロイドやエレイアの騎体に並ぶ。


『今朝は少し顔色が良くなかったけど…… 大丈夫かい、クロード』

『大したことは無いのでしょうけど、油断は禁物ですよ?』


『あぁ、気遣いをありがとう、二人とも』

『一応、同乗して繋がっている感じだと、余り深刻な問題はなさそうだよ』


 声を掛けてくれた二人と言葉を交わしていると、少し先にいるディノの五番騎からも搭載された念話装置で通信が届く。


『クロード王、そろそろ出られるようだぞ』

『分かったが…… 秘匿回線でくらい敬称を付けないでくれ、堅苦しい』


『断固拒否する、けじめを付けるためだ』

『なんて言ってるけど、あんまり気にしないであげてね』


 硬い態度の相棒に呆れ気味な魔導士リーゼが言葉を付け足し、やんわりとした雰囲気を醸成じょうせいした。日頃のりを見る限り、蒼髪の騎士を扱う事に長けた彼女がそう言うなら、それで良いのだろう。


 いつかはルナヴァディス兄妹の様に気軽に接して欲しいものだと思いつつ、四番騎の脚元に馬身ばしんを寄せて出立の確認をしてきたライゼスに対し、巨大騎士ナイトウィザードの首を縦に動かして頷かせた……

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