第12話 凱旋を出迎えたのは擱座(かくざ)した騎体

 負傷した国王の容態ようだいは臣民に告げられる事無く、救助へ関わった技師や兵士には厳重な緘口令かんこうれいが敷かれ、破壊された街並みの修復もままならずに二日が経過した頃……


 不安に陥る王都の臣民や兵士達にとって、帰還を待ち望んでいた主戦力たるリゼル騎士団はすぐ近くまで到達していた。


『この辺から既に畑なんだな……』


 恐らく生活圏の外縁部にあたる放牧地を抜けると、其処には麦類や根菜の畑が広がっており、所々に農具や収穫物を保管する小屋や仮眠施設なども見受けられる。


 未だ遠くに見える王城までは旅次りょじ行軍の速度で一刻程度の距離があり、想像よりも広大な穀倉地帯に俺は感嘆の声を漏らした。


『ん、人口の三万人弱を賄う必要があるからね…… エイジアの半径10キロメートル程は食糧生産に使われてるんじゃないかな?』


 律義に応えてくれるレヴィアに謝意を送りつつ、騎体の頭部をぐるりと廻して田畑の様子を見渡せば、作業の手を止めた農夫達が凱旋する騎士団へこうべを垂れていた。


『あれ、畑に出ている人の数が少ない気が……』

『そうなのか?』


 騎体の感覚共有で彼女の素朴な疑問が伝わり、反射的に聞き返した言葉へ一番騎から念話通信が割り込む。


『この時期に祭りがあるでも無し、農夫の頭数が足りないのは妙だが…… 大事おおごとではあるまいよ、本当に何かしらの問題があっても王都に着けば分かる』


 無駄に豪快な性格のゼノス団長が些事さじだと断言した後、長閑のどかな田畑に設けられた路面を縦列で行軍し、やがて石造りの守護防壁南門へ辿り着く。


 巻き上げ機械式の落とし格子、板金の大扉を衛兵小隊が内側から開いていく最中、普及から間もない事もあって巨大騎士の高さが城壁を上回り、街中は普通に見える訳だが……


『な、なんじゃこりゃ~!』


 少し前まで余裕を見せていた団長殿の驚愕した声が響く。


 それもそのはずで、南門から続く大通り沿いの建築物が幾つか損壊しており、王城までの中程に擱座かくざした派手な騎体が取り残されていた。


『嘘ッ、クラウソラスK型が!』

『K型?』


『我らが王の騎体だよ、クロード殿……』

『兄様、ストラウス王は無事なのでしょうか?』


 どこか不安そうなエレイアと同様、随伴していた歩兵隊なども異変に浮足立ち、隊長格がそれをいさめ出す。


『えぇい、早く城門を開けろッ』

「落ち着けゼノス、どうし……ッ!?」


 ある意味で一番動転していた団長殿を落ち着かせていたライゼス副長も、開かれた南門の先にある光景に言葉を詰まらせてしまう。


「馬鹿なッ、我らのおらぬ間に襲撃が…… アルド騎兵長」

「はッ、先行して王城に向かいます。第一小隊ッ、二人ほど付いて来い!」


「「ッ、自分が行きます!」」

「「では、私も行きましょう」」


 叫ぶと同時に馬の腹を蹴って騎兵長が駆け出すも、ざっくばらんな指名だったので二人どころか、飛び出した数騎が追随ついずいしていく。


「何故、貴様までいるんだ、副長!?」

「すいません、つい……」


「くッ、構わん、このまま登城するぞ!」


 主副の指揮官二人が離れて棒立ちになる騎兵隊を苛立ちながらもライゼスがまとめ、先行した連中に遅れる事暫ことしばし、俺達も擱座かくざした騎体をロイド達と両脇から抱えて城内の駐騎場へ到着した。


 その片隅にクラウソラスK型を降ろして、俺は破損個所を念入りに確認する。


『これを見てくれ、レヴィア、騎体の操縦席が狙い撃たれている』

『つまり…… どういう事かな?』


『憶測だが、最初から王が狙われていた可能性がある』

『となれば、大森林の精霊門は騎士団を誘き出す罠だったか……』


 聞こえて来たロイドの言葉を否定し、両方とも本命足りえる事を伝えつつも整備班達の誘導に従い、騎体を移動させてゆっくりと石畳に片膝を突く。


 早くも慣れてきた動作で胸部装甲の留め金を外して開けば、レヴィアが人工被膜と首筋や両腕、両脚などに接続された人工筋肉を除装してくれた。


「先、降りるね」


 一声掛けた彼女が綺麗な赤髪をなびかせ、大気操作の魔法を駆使して飛び降りる。何でも、巨大騎士を動かせる適性者の方が貴重らしいが、傍から見る限りはそっちの方が便利そうだ。


 ただ、稀人は原則的に魔法を使えないため、無い物ねだりをしても仕方ないと割り切り、胸部装甲板の内側から引き出した昇降用ワイヤーのペダルに片足を掛ける。さらに右手でワイヤーの一部を掴み、後は自重に任せて石畳の上へ降りるだけ。


「よっとッ」


 既に他の操縦者たちも騎体から降りていた事もあり、ふと目が合った因縁あるディノに凝視されるも、隣の金髪美女がその頬を横合いから引張った。


「ひゃめてくれ、にゃにをする!」

「もうッ、またくだらない事考えてるからよ」


「あれは?」

「準魔導士だったリーゼさんだね、性格は見ての通りだよ」


 皆の前で一方的に弄られ出した蒼髪の騎士に若干の同情を禁じ得ず、そっと視線を逸らすと戻ってきたアルド騎兵長らがゼノス団長に耳打ちする様子が映り、彼らと視線が交わる。


「クロードッ、共に謁見の間へ上がるぞ!」


 とは言われても、ボロボロのスーツの内側に革の胸当てを着込んだ微妙な恰好で大仰な場所に行って良いのか、逡巡している内に俺の服裾を摘まんでいたレヴィアが口を挟む。


「団長、私も構いませんか? クロード一人だと緊張するかもしれません」

「ライゼス……」


「ふむ、ブレイズの娘なら構わんだろう」

「ありがとう御座います♪」


 またしても此方が返答する前に話は進み、断れるような状況ではなくなったため、俺は皆に続いて日焼けした煉瓦造りの王城へと足を踏み入れていく。

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