第11話 王都エイジア襲撃とその顛末について

「なッ、王の騎体が動いてやがる!?」

「どうしますか、隊長!」


「事前に連絡くらいしてくださいよ、お偉いさん方……」


 焦る部下の言葉に振り向いた衛兵隊長が思わず愚痴り、王城へ押し寄せてきた者達を押し留めていた配下に怒鳴る。


「おいッ、避難者を退かせろ、クラウソラスK型が通るぞ!」

「皆さん、大通りから離れてください!」


「騎体が出陣しますッ」

「そこの爺さん危ないって、端っこに寄ってくれ!」


 衛兵達が誘導する中で大半の人々は自ら道端や横路地に移動し、青みがかった灰色のボディにメタリックブラックの装飾が施された巨大騎士の勇姿をあおぐ。


「王だ、ストラウス王が出陣されるぞ!」

「騎士王陛下、万歳ッ!!」


「陛下、ご武運を!」

「どうか、私達を護ってくださいッ」


 誰かの声を皮切りに歓声が上がり、重ねられていく言葉に腹部の操縦席にて人工筋肉に埋もれているストラウスは頬を引きらせた。


『時にサリエル、私はこんなに人気があったのか?』


『危機的な状況と興奮状態が混在しているのでしょうけど、陛下は憎めない御方ですから』


 外部秘匿の念話で専属の魔導士と短い会話を交わし、これは醜態をさらせないなと腹をくくった後、期待の眼差しを向ける臣民にストラウスが言葉を掛ける。


『待て、しかして希望せよ』

「「「うぉおおぉおおおッ」」」


 さらなる喝采かっさいが響く中、調子の良い自身の主に呆れつつも、サリエルは通常よりも装甲が厚い分だけ出力を求められる騎体の心臓部に意識を向け、出力を戦闘機動に耐えうる水準まで引き上げた。


『さて、くとするか』


 大通りの先に見える三階建ての建物よりデカい牛頭の獣人へと一歩を踏み出し、徐々に騎体の速度を上げて、同じく駆け出してきた相手との距離を詰めていく。


 時折、路地裏からマスケット銃の発砲音や悲鳴が響き、街区に小型の異形種が侵入している事は察せられたが、今は眼前の大型種を討つしかない。


(守備隊が押さえている間に親玉を仕留めるッ)


 彼我ひがの距離が縮まるのに合わせて騎体の左掌を腰元の鞘に添え、右掌は剣柄を握り込んで駆け、滑り込みながら抜き打ちの斬撃を繰り出す!


『だらぁああああッ!』

「ブルオオォオオオ―――ッ」


 咆哮と共に振り下ろされた大型異形ミノタウロスの金棒と鉄剣が激しく衝突し、接触面積による加圧差と剣速をって、切り上げの一閃が無骨な鉄の棒を切断した。


 その刹那に巨大騎士が手首を返し、止めの袈裟切りを喰らわせる。


「グアァアァアァッ!?」


 左肩から食い込んだ刃は相手に血飛沫をらさせたが、巨体を覆う皮鎧と鍛えられた筋肉、硬い骨に阻まれて致命傷に至らない。


 さらに力を籠めて押し切ろうとした直後、巨大な牛頭の獣人は金棒の残骸ごと右拳を振りかぶり、巨大騎士の顔面を殴り飛ばす。


『うがぁッ!』

『うぅ……』


 咄嗟に鉄剣を手放して騎体を飛び退かせたものの、間に合わずに重い衝撃が搭乗する二人を貫いた。


 ただ、それでも拳撃の威力は多少軽減されており、騎体との感覚共有で意識が瞬断してもおかしくない状況を紙一重で乗り切る。


 よろけつつも踏ん張ったクラウソラスK型を狙い、左肩の鉄剣を引き抜いて投げ捨てた牛頭の獣人が半歩詰め、適度な間合いから中段回し蹴りを放つ。


「グォオオオォア!」

『ッ、何度も喰らうか、愚か者』


 左拳のショートアッパーで相手の太い右脚をすくい上げると同時、しゃがみ込んで左脚を蹴り飛ばし、獣人の巨躯を大通りに転がす。


 その際に並びの家が二軒ほど半壊したが、気に留める余裕も無く右膝を剛毛に覆われた腹へ乗せ、動きを封じて獣面けものづらを右掌で掴んだ。


『サリエルッ!』

『穿てッ、光の矢!』


 魔導士の叫びに応じ、発動段階で留めていた光属性の魔法が放たれ、ゼロ距離から巨大な牛頭を輝く矢で貫く。


「グフオァ!? ァ……ウゥ……ッ…………」


 流石に頭部を潰されては精強なミノタウロスと謂えど一溜まりも無い。


 巨大騎士に組み付こうと絡ませた両腕をだらしなく垂らし、王都の街並みと人々に大きな被害を出した大型の異形種は力尽きた。


『何とかたおせたな』

『流石です、ストラウス王』


 そう言われても、実際は蹴りを受け止めた左腕の人工筋肉が断裂し、拳を受けた片側の疑似眼球は視野が欠けているため、素直に頷く事ができない。


(初期型のクラウソラスではこれが限界か)


 最先端のゼファルス領では第二世代の完成が近いとの噂を思い出し、また大量の金貨を女狐にせびられるのかと、思わず溜息して騎体を起す。


 近場に落ちていた鉄剣を拾って周囲の状況を見渡せば、王都守備隊が人的損失を出しつつも比較的小型の昆虫異形どもを駆逐していた。


『援護してやりたいが……』

『家々を踏み潰して良いなら可能ですけど、如何します?』


 そんな事できる訳ないだろうと踵を返した騎体目掛け、少し距離があるフィアレス大聖堂の尖塔に立つむくろの騎士が右掌をかざし、隠蔽した状態で徐々に魔力凝縮させていた黒い魔槍を撃ち出す。


『なッ、うぉおおぉ!?』

『ぅあぁあぁっ!』


 勝利を認識したが故の油断が致命的になり、クラウソラスK型の胸部操縦席が狙い違わず魔槍に貫かれ、力を失った騎体は街路に両膝を突く。


 近場にいた守備隊の魔術師達がいち早く異変に気付き、その一人が魔法で生じさせた上昇気流アップドラフトに乗り、騎体の肩へ着地して至近から大声で呼び掛ける。


「ストラウス王、返事をしてください!」


「げふッ、うぅ……ぁ……ッぅ…………」

「そんな生命反応が…… 誰か早く整備班と救護兵をッ」


 尋常ではない様子に兵卒や市民が集まって、さらに動揺は伝播していく。この日、王都エイジアに忽然と現れた大型の異形種は討たれたものの、リゼル騎士国は大きな損失を出す事になった。

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