第13話 婚姻と新王即位

 各所に採光の仕組みが施されているため比較的に明るいとはいえ、陰影が分かれる回廊を帰還した騎士団長らが進んでいた時、ストラウス王の娘イザナは一命を取り留めたクラウソラスK型の魔導士の部屋にいた。


 そこに近衛兵が訪れ、リゼル騎士団の凱旋を伝えたのは少し前の事だ。


「…… そろそろ、行かないといけませんね」

「姫様、申し訳ありませんでした、私だけ無様ぶざまに生き恥をさらすなど……」


 国民には知らされていないが一昨日の深夜、考え得る最高の治療の甲斐なく、リゼル国王は身罷みまかっていた。


 助かったのは魔槍が直撃せず、直後の爆散により負傷して片目を失ったサリエルのみ。痛々しく眼帯をしている彼女に対し、イザナは自身の中にあったわだかまりを吐き出すように言葉を紡ぐ。


「許します、貴女のを…… 今は傷を癒しなさい」


 幼くして母を亡くしたイザナに取って、元御付きの魔術師は優しくも厳しい姉のような存在であったが、父王と愛人関係にあると知ったここ数年は大きな溝ができていた。


 ただ、昨日一日を自室に籠って泣き腫らした後、然るべき教育を施されていた彼女はよわい十六にして全てを受け入れる覚悟を決める。


 その一環で私事に過ぎない、されども喉に刺さった小骨の如き問題に終わりを告げた。


「実はブレイズ殿から姫の御付きに戻るよう、先ほど示唆がありました。傷を治して貴女様の警護を務めさせて頂きます、不具の身なれど今度こそ身命を以って……」


 堅苦しい物言いに開いてしまった距離を感じ、仮に自身が彼女と父の間柄を認めて再婚に同意していれば、良好な母娘関係が築けていたのだろうかとイザナは栓無き事を考えてしまう。


(今更な事を……女々しいですね、私は)


 状況によっては国を継ぐ男児が生まれていたかもしれないが、全ては後の祭りで現在のリゼル騎士国に王家の直系は自分しかおらず、その意味でもサリエルの申し出に彼女は静かに頷いた。


「よろしく頼みます、エル姉さん」

「ッ!?」


 幼い頃の懐かしい呼び名をわざと使い、驚いた相手にしてやったりという微笑みを残し、イザナはきびすを返す。


 それに合わせて部屋隅に控えていた四名の衛兵が恭しく扉を開き、姫君の前後を挟むように随伴ずいはんした。


 木漏れ日の廊下を歩きながら、イザナは事前に伝書鳩で届けられた大森林での精霊門破壊成功の知らせを思い出し、護衛達が聞き取れない小声で呟く。


「…… 精霊門破壊に寄与し、単騎で竜種を討った稀人まれびとの武人」


 一瞬だけ瞑目した彼女は思索を切り上げ、謁見の間へ通じる王族専用扉の前に立ち、先んじて衛兵らがそれを内側に開く……


 その少し前、謁見の間では三人の重臣が顔を突き合わせて唸っていた。


「そうか…… ストラウス王らしいと言えば、らしいのかもな」

「ブレイズッ、貴様がいながら何故だ!」


 意外と落ち着いたゼノス団長に対して、いつもは冷静なライゼス副団長が怒鳴り散らす最中、まさかの事態に連れて来られた俺とレヴィアは放置されたままだ。


 眼前では、彼女の父親らしき赤髪の魔術師が胸倉を掴まれており、団長殿が間に割って入る。


「落ち着けライゼス、人はいずれ死ぬものだ」

「時期というものがあるだろう!」


「俺の非は認めるさ…… すまない」

「くッ」


 詫びる赤髪の魔術師に冷静さを取り戻した副団長殿は身を引き、溜息と共に言葉を零す。


「どうする? 直系王族はイザナ姫しかおらんぞ…… 神輿みこしになるのか?」

「ふむ、戦えん騎士王か、ここぞと言う時に士気は上がらんな」


「では貴様が王位を継ぐか、ゼノス? 正直、俺はそれでも良いと考えている」

「馬鹿を言うなブレイズ…… 正当性が無いし、あっても面倒だからやらんぞ!」


 喧々諤々けんけんがくがくと言い合いを始めた文官と武官の長を見遣りつつ、手持ち無沙汰な俺は隣のレヴィアの耳元で囁く。


(王の崩御とか、次善の策とか、立ち聞いても構わないのか)

(あぅ~、そう言われればそうかも…… こっそり抜ける?)


 冗談めかして微笑む彼女に見惚れていたのが悪かったのか、不意に飛んできた流れ弾に被弾してしまう。


「大体、旗印になるなら若い方が良いだろう……おいッ、クロード」

「お断りします、ゼノス団長」


 速攻で拒否したものの既に時遅く、漏れ聞こえてきた会話で魔術師長と推測できるブレイズが値踏みするような視線を向けてきた。


「レヴィ、そちらが報告書にあった……」

「うん、稀人の騎士クロードだよ、お父さん」


「娘が危ないところを救ってもらったようだな、感謝する」

「いえ、成り行きに過ぎません」


 自身より幾分も若い相手に丁寧な礼を述べた後、彼は愛娘に問い掛ける。


「強いのか、彼は?」

「ん、強いよ、それに機転も利く」


 悪気が無いレヴィアの発言に御三方の注意が此方に向き、気まずい雰囲気の中で奥側の扉がおもむろに開く。


 四名の衛兵に護られた黒髪碧眼の美しい少女が玉座の傍に立つと同時、皆が深く腰を曲げたので俺もそれにならった。


「皆、ご苦労様です」

「姫様、此度こたびの事は何と声を掛ければよいのか」


「ありがとう、ゼノス騎士団長…… ですが、今はうつむいている暇はありません」


 毅然と言い放った姫君はさらに言葉を続けていく。


「いつまでも父の死去を隠しておく事は不可能、臣民も不安に思いましょう」

「では、如何いかに?」


「公表は致しますが、それは新たな王が即位する慶事けいじと併せます。そうですね、精霊門の破壊と大森林での勝利も華として添えましょう」


 余りにも自然体で述べられたので誰も言及しないが、皆の頭上には疑問符が浮かんでおり、代表して先程から会話を重ねていたゼノス団長が問う。


「“新たな王”ですか?」

「えぇ、直ぐに婚姻の準備を…… 人選はけいに一任します」


「………… 宜しいので?」

「元より、添い遂げる相手を選ぶなど不埒ふらちな事は考えていません」


 堂々と言い切った姫君に唖然とした直後、にやりと口端を釣り上げた団長殿が無言で俺を指差し、彼女が持つ翡翠ひすいの眼差しが向けられた。


「では、この稀人まれびとの騎士クロードを推しましょう」

「分かりました…… 貴方もそれで構いませんか」


(ど、どうするの、クロード!)

(どうと言われもな…… 俺に務まるのかね?)


 脇腹を小突いてくるレヴィアに小声で返すも、どうやら聞こえていたようで姫君が軽く咳払いした。


「私の黒髪を見てください、貴方と源流を同じくするものです。現王家の祖である第三代騎士王シュウゲンは因果の涯から来た稀人まれびと…… ならば、それにあやかりたいのです」


「ふむ、伝承を利用して先王の死を看取り、意志を引き継いだという筋書きも使えますな……」


 外堀を埋めるような感じでライゼスが頷き、不穏な言葉を重ねていく。


 何やら背負うものが重くて気後れしてしまうが…… 行く当ても無く、此処に留まる限り、団長殿の一意専心な性格的に諦めるとも思えない。


 それに正直な話、一国一城の主に憧れが無い訳でもなく、古風で気丈な姫君の頼みを無下に断るのも後味が悪い。


「…… 結論は出ましたか、クロード卿?」


「若輩の身故に至らぬこともありますが、それで構わなければ」

「勿論です、私も伴侶として支えましょう」


 戸惑いつつも歩み寄った彼女から差し出された手を取り、その申し出を受け入れた事で数日間は落ち着かない日々を送る事になるのだが……


 喪中における略式で婚儀はつつがなく行われ、国内外に対して先王の勇敢な死と新王即位が告げられる事になった。そうして、“滅びの刻楷きざはし”の支配地域と隣接する国々はリゼル騎士国を巻き込んで新たな局面を迎えていく。



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表紙ページ( https://kakuyomu.jp/works/1177354054893401145 )

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